司法面接的手法による記録媒体の証拠能力に関する法制審議会刑事法(性犯罪)部会事務局試案についての会長声明

司法面接的手法による記録媒体の証拠能力に関する法制審議会刑事法(性犯罪)部会事務局試案についての会長声明

 現在、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会において、「性犯罪の被害の実態に応じた適切な公訴権行使を可能とするための刑事手続法の整備」として、「被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則を新設すること」が検討されているが、2022年10月24日に開催された第10回会議において、当該検討課題についても事務局試案(以下「試案」という。)が示された。
 試案においては、一定の聴取対象者の取調べの全過程を録音・録画した記録媒体(以下「記録媒体」という。)について、その供述が、一定の「措置」が特に採られた情況の下になされたものであると認める場合には、当該記録媒体を取り調べた後、訴訟関係人に対し、その聴取対象者を証人として尋問する機会を与えることを条件として、記録媒体について伝聞法則(刑事訴訟法第320条)の例外として、新たな伝聞例外規定を創設し、これに証拠能力を認めようとする案が示されている。しかも、その聴取対象者については、「犯罪の性質、供述者の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、公判準備又は公判期日において更に供述することで精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者」として、性犯罪被害児童だけでなく、一般的な者を全て含めうる提案がなされている。
 しかしながら、試案には、以下に述べる点において重大な問題が存在する。
 まず、試案は、その対象事件を性犯罪に限定しておらず、対象者についても児童や被害者にも限定しないとして、供述一般について広く新たな伝聞例外を認めうる内容になっている。このように、対象事件や対象者を限定することなく、伝聞例外を広く認めることは、憲法第37条第2項の証人審問権との緊張関係を生むと同時に、刑事訴訟法の根幹にある伝聞法則そのものを揺るがしかねない重大な問題を含んでいる。日本の刑事訴訟における事実認定は、事実認定者が法廷において、供述者から直接供述を聞き、かつ、その供述が反対尋問による検証を経た上で心証を取ることが基本であるところ、原則として、公判外供述が証拠能力を持つことはないとするのが伝聞法則である。これは刑事訴訟法における証拠法の根幹に位置付けられているが、今回の提案は、これに大きな影響を与えることは必至である。
 また、試案では、伝聞例外を認める要件とされる「措置」の内容として、「供述者の年齢、心身の状態その他の特性に応じ、供述者の不安又は緊張を緩和することその他の供述者が十分な供述をするために必要な措置」と「供述者の年齢、心身の状態その他の特性に応じ、誘導をできる限り避けることその他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするために必要な措置」の2点を掲げているが、これらは「司法面接」であるとして伝聞例外を認める要件となりうるものではない。伝聞例外の前提となりうる「司法面接」(被害を受けた疑いのある児童等から出来るだけ「早期に」負担なく、「汚染の少ない体験」供述を「採取すること」を目指す面接法)は、本来中立的立場の専門家によって、定められたプロトコル(司法面接の目的のために国際的な実証的研究に基づき開発された手順)を遵守しつつ、なされるべきものであるところ、試案は、その聴取主体を全く限定せず、また「措置」についても、本来、「取調べ」で守られるべき当然の事柄を指摘しているにすぎないのであって、到底、伝聞例外を認める要件になりうるものではない。
 もちろん、性犯罪の被害者となった児童に対する聴取については、その特性に応じ「司法面接」を行う必要があり、当該児童の初期供述を適正に確保すべきである。そして、その前後を問わず記憶汚染の機会を排除ないし検証する措置を講ずるべきである(証言までに何らかのガイダンスのために接触する場合も、その全過程を録音・録画すべきである)。しかしながら、試案は、そのような児童の保護やその供述の適正確保として余りに不十分なものであるうえ、その必要性をも超えて、全ての事件について、かつ、一般の聴取対象者にまで、伝聞例外として主尋問省略の証拠能力を認めようとするものであり、これは本来の諮問の範囲を大きく逸脱するものといわざるを得ない。
 以上のことから、仮に、現段階で司法面接的手法による記録媒体に伝聞例外として主尋問省略の証拠能力を付与する規定を創設するのであれば、① その聴取対象者を性犯罪被害者の児童に限定し、② 聴取主体を中立的専門家とすべき規定を置き、③ 司法面接のプロトコルに則ってなされたものであることを不可欠の前提とし、さらに、④ 記憶の汚染防止ないし検証の措置と証言までの接触についても規律を設けるべきである。
 そもそも、試案は、今回の法制審の部会に対する諮問を超え、刑事訴訟法全般に広く深く影響する事項を定めようとするものである。そうであるならば、司法面接による記録媒体固有の証拠法を制度として新設することは、その影響が刑事司法手続き全般に甚大な影響を与えうるものであることに鑑み、上記部会での課題から分離させ、別途、刑事司法改革の全体像の中に位置づけて、多方面から刑事司法や司法面接の実務・制度に見識を持つ方々を招集し、改めて検討する場を設け、そのような制度が必要か否かをも含め、議論を尽くした上で、証拠法全体の問題として、結論を得るべきである。

2023年(令和5年)1月11日
          大阪弁護士会      
          会長 福 田 健 次

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