えん罪被害者の速やかな救済実現のための再審法改正を求める決議

えん罪被害者の速やかな救済実現のための再審法改正を求める総会決議

 えん罪は、国家による最大の人権侵害である。
 近年、大阪高等裁判所管内においても、いわゆる東住吉事件、湖東記念病院事件、日野町事件などで再審開始決定が相次ぎ、東住吉事件、湖東記念病院事件では再審無罪が確定した。
 しかし、湖東記念病院事件では有罪判決が宣告されてから無罪確定まで15年、東住吉事件では17年の歳月を要している。日野町事件に至っては、検察官が、大津地方裁判所の再審開始決定に対して即時抗告をしたのみならず、即時抗告を棄却した大阪高等裁判所の決定に対しても特別抗告をしたため、有罪判決宣告から27年が経過した今もなお、再審公判に至っていない。
 国家による最大の人権侵害であるにもかかわらず、えん罪被害の回復がここまで長期化する主な要因は、再審請求とその審理手続について法が十分な規定を設けていないことにある。とりわけ証拠開示は、再審の結論を左右する重要な手続きであるにもかかわらず、その可否が裁判所や検察官の裁量に委ねられてしまっている。また、再審開始決定に対して検察官の不服申立てが認められているため、いったん開始決定がなされても、検察官の不服申立てにより直ちに再審公判に移ることができず、さらに開始決定の是非をめぐる争いが続く。再審は、その途上で請求人が無念の死を遂げることも少なくない、果てしなく長い道になってしまっている。
 個人の尊重を最高の価値として掲げる日本国憲法の下、無実の者が処罰されることは絶対に許されず、えん罪被害者は速やかに救済されなければならない。そのためには、再審請求手続が長期化している現状、そして無辜の救済のために重要な証拠開示が法によって規律されていない現状を、早急に改善されなければならない。
2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正に際し、改正刑訴法の3年後の見直しとともに、再審請求審における証拠開示に関しても検討し、必要に応じて所要の措置を講ずる旨の規定がおかれた(刑事訴訟法等の一部を改正する法律附則第9条第3項)。その後、複数の再審事件の報道とともに世間の関心も集まり、市民運動の結果、昨年12月現在、全国125もの地方議会において、再審法改正を求める意見書や要望書が決議・提出されている。
 今こそ、改正刑訴法3年後見直しに合わせ、再審法制度を改正すべきときである。
再審法制度改正において検討すべき課題は多岐にわたるが、特に、上記のとおり、証拠開示規定の不存在と、再審開始決定に対する検察官不服申立ての許容が、再審における真実発見を阻害し再審請求手続を長期化させている主な原因であり、これらの解消こそが喫緊の課題である。
 そこで、当会は、政府及び国に対し、現行刑訴法「第6編 再審」に関し、少なくとも以下の点について、改正することを求める。

1 全面証拠開示を原則とする証拠開示制度を新設すること
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すること(刑訴法第450条関係)

以上のとおり決議する。

2023年(令和5年)3月7日
大阪弁護士会


提 案 理 由



第1 はじめに
1 現行刑事訴訟法の施行
戦後、日本が新たに制定した日本国憲法には、刑事事件における人権の保障と公正な裁判を実現すべく様々な規定がおかれた。その一つとして、憲法第39条は、いわゆる二重の危険を禁止している。これを受けて、1949年(昭和24年)に施行された刑事訴訟法(以下「現行刑訴法」という。)は、不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めた。ここに、再審の目的が、公正な裁判を受ける権利を保障し、無辜処罰を救済することにあることが明確にされたのである。

2 現行再審法制の問題点
 もっとも、現行刑訴法の再審制度は、不利益再審に関する規定を削除したほか、旧刑事訴訟法の規定をそのまま引き継いだものであった。
わずか19条に過ぎないかかる再審手続規定は、裁判所の裁量を広く認める結果となり、裁判体ごとに、訴訟指揮に差が生じるいわゆる「再審格差」を生じさせた。さらに、無辜の救済の理念に反するような検察官による不服申立ての濫用とも相まって、一度再審開始決定がなされても、上級審による開始決定の取消しが繰り返されることで、えん罪被害の回復をいたずらに遅らせ、再審の機能不全をもたらしている。

3 刑事司法改革から取り残された再審法制
通常審は、現行刑訴法により、被疑者・被告人の権利の保障、適正手続の保障などが新たに規定された。また、2001年(平成13年)の司法制度改革推進法が成立してからは、2005年(平成17年)には公判前整理手続(通常審における証拠開示)、2008年(平成20年)には被疑者国選弁護制度が導入され、2009年(平成21年)には、裁判員裁判が始まった。そしてこれ以降も、証拠の一覧表交付制度の創設、被疑者国選弁護対象事件の拡大、取調べの録音・録画など、刑事司法改革が今もなお続いている。
これに対し、現行再審法制は、上記のような問題点が指摘されているにもかかわらず、施行されてから70年以上にもわたり部分改正さえ一度もなされていない。そればかりか、規定自体は旧刑事訴訟法を引き継いでいるため、100年近く変わっていないのである。

4 小括
現行刑訴法における再審制度は、上記のような機能不全を抱えたまま、刑事司法改革から取り残され、放置されてきたものといわざるを得ない。
その結果、長きにわたり、えん罪被害者の救済を阻み続けていることは明らかである。自らの半生が犠牲にされ、何十年にもわたりえん罪を叫び続けている数多くのえん罪被害者のために、刑事再審法改正は、喫緊の課題というほかない。

第2 刑事再審の実情
1 刑事再審の経過
(1)白鳥決定以降
 従来から再審は、「開かずの門」といわれてきた。しかし、1970年代の最高裁判所による白鳥決定と財田川決定を契機として、1980年代には、財田川事件を含め死刑再審4事件といわれている免田事件、松山事件、島田事件で、再審無罪が確定した。またこのころには、弘前事件、加藤事件、米谷事件、梅田事件、徳島ラジオ商事件など、相次いで再審無罪が確定した。この時期から検察官は、死刑再審4事件を含め再審開始決定に対しては常に不服申立てをし、えん罪被害の回復を遅らせてきた。
(2)1990年代
 ところが、1990年代に入ると、1994年(平成6年)3月に榎井村事件において再審無罪が確定したのみで、再審開始、再審無罪に至る事件が激減した。その原因は、白鳥・財田川決定が示した「新旧全証拠の総合評価」による新証拠の明白性に関する判断基準を限定的に解釈する最高裁判所調査官解説が相次いで発表されたことにあると考えられている。
(3)2000年代以降
 もっとも、2000年代以降は、2005年(平成17年)に名張事件第7次請求審および布川事件第2次請求審で再審開始決定が出た後、布川事件、足利事件、東京電力社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件、湖東記念病院事件において、次々と再審無罪が認められた。しかし他方、名張事件、袴田事件、福井事件、大崎事件等多数の事件において、上級審が再審開始決定を取り消した。
 このうち大崎事件において、2019年(令和元年)6月25日、最高裁判所は、検察官の特別抗告には理由がないとしながら、職権で、原々審、原審の再審開始決定を取り消し、再審請求自体を棄却したものである。その後、第4次請求審の第1審は、2022年(令和4年)6月22日、鹿児島地方裁判所が不当にも請求を棄却した。
(4)小括
 刑事再審は、白鳥決定以降、少しずつ扉が開きつつあった。しかしその後、白鳥決定が限定的に解釈され、裁判体の訴訟指揮のばらつきによりいわゆる再審格差が生じるなど、現行刑訴法の再審制度が不十分なために、再審請求審において請求人の手続保障が十分に保障されてこなかった。

2 再審の現場からみる法改正の必要性
(1)東住吉事件
 東住吉事件は、1995年(平成7年)7月22日、大阪市東住吉区内において火災が発生し、小学校6年生の女児が焼死したところ、同被害女児に掛けていた保険金を得る目的で放火殺人を行った現住建造物放火、殺人及び詐欺未遂の犯人と疑われた事件である。
 その再審請求手続きにおいて、弁護団は、証拠開示請求を行った。しかし請求審では、検察官が「証拠漁り的である」などと主張して強く反対したことから、極めて限定的な範囲でしか証拠開示が認められなかった。他方で、即時抗告審においては、再審当事者の取調べ状況に問題があったことを示す取調べ状況報告書や、本件火災が発生する直前に、出火原因となった車両に規定容量以上の給油をした可能性を示す(出火原因となった車両からのガソリン漏れの可能性を高める)ガソリンスタンド店員からの事情聴取結果報告書等が開示され、再審開始決定を維持する原動力となったものである。
 本件は、2012年(平成24年)3月に大阪地方裁判所が再審開始決定をしたにもかかわらず、検察官による即時抗告がなされた結果、2015年(平成27年)10月の大阪高等裁判所による即時抗告の棄却(および検察官の特別抗告断念)による再審開始決定の確定までにさらに3年以上の期間を要することとなった。
(2)湖東記念病院事件
 湖東記念病院事件は、2003年(平成15年)5月22日、滋賀県愛知郡湖東町(当時)所在の湖東記念病院において、慢性呼吸不全等の重篤な症状で入院中の患者に対し、その装着された人工呼吸器のチューブを引き抜いて殺害したと疑われた事件である。
本件においては、再審開始決定後の再審公判になって初めて、警察から検察に送致されていない無罪方向の証拠が存在することが判明し、開示された。この証拠が再審請求の初期段階で開示されていれば、第1次再審請求によって再審開始が決定され、より早期に再審公判による無罪判決が得られ、えん罪被害の救済が実現できたはずである。
 また、本件も、2017年(平成29年)12月に大阪高等裁判所が再審開始決定をしたにもかかわらず、検察官による特別抗告がなされた結果、2019年(平成31年)3月に最高裁判所による再審開始決定の宣告およびその確定まで1年以上の期間を要することとなった。
(3)日野町事件
 日野町事件は、1984年(昭和59年)12月、滋賀県蒲生郡日野町で発生した強盗殺人の犯人と疑われた事件である。
その第2次請求審において、裁判所の積極的な訴訟指揮により、現場引当捜査に関するネガ、アリバイ捜査に関する捜査資料等、数多くの重要証拠が開示された。そのなかでも、引当捜査報告書に関するネガの開示により、被疑者が捜査官を事件現場まで案内できたことの証拠とされた引当捜査報告書の添付写真には、現場からの帰路の写真を往路の写真として貼付されていたことが明らかになった。これが契機となり、上記のとおり裁判所が積極的に証拠開示の訴訟指揮を行うようになり、その他の多数の重要証拠の開示が実現し、ひいては2018年(平成30年)7月の大津地方裁判所による再審開始決定につながったのである。
 しかしながら、本件も検察官が即時抗告を申し立てただけでなく、大阪高等裁判所の即時抗告棄却決定に対しても特別抗告を申し立てたため、事件発生から30年以上経過してなお、再審公判にさえ至っていない。

3 小括
 以上のとおり、再審請求の現状をみれば、早期に証拠開示がなされ、あるいは検察官による抗告等がなければ、再審請求手続の長期化を回避し得た、ひいては早期の無辜の救済が実現し得たことは明らかである。このような実情からみても、刑事再審法改正による証拠開示や検察官抗告等の禁止を含めた再審手続の整備が強く求められている。

第3 新たな再審法制のあり方
1 はじめに
 これまで述べてきたとおり、えん罪被害者を救済するために、刑事再審法改正、とりわけ証拠開示制度の新設と検察官抗告等の禁止は喫緊の課題である。その重要性および必要性、そしてその具体的内容について、改めて述べる。

2 具体的な提案内容
(1)証拠開示制度の新設
 ① 証拠開示の重要性
 近年、再審における証拠開示を契機として再審が開始されたり、再審によって無罪判決となる事例が増えている。
例えば、布川事件、東京電力社員殺害事件、東住吉事件は、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続で開示され、それが確定判決の有罪判決を動揺させる大きな原動力となって、再審によって、無罪判決が確定した。また、松橋事件では、再審請求前の段階で、警察官から開示された証拠物が再審開始決定の決め手になった。湖東記念病院事件では、殺人事件とされた同事件の元被告人が逮捕される数か月前に、現に被害者を解剖した鑑定医が「被害者の死はチューブのたん詰まりによる事故死の可能性」があるとして、他殺か事故死かが断定できない旨記載した報告書を、滋賀県警が15年以上も検察に送致していなかった事実が、再審公判段階において明らかになった。これによって、検察側が新たな有罪立証を諦める事態となった。
 このとおり、通常審においてすでに存在していた無罪方向の証拠が後に開示されて、再審開始が行われるようになっている事実は、無辜の救済のために、証拠開示が極めて重要であることを物語っている。
 またこの問題に関しては、2016年(平成28年)の刑訴法改正の時にも指摘され、法制化には至らなかったものの、附則第9条第3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠開示・・・について検討を行うものとする。」と規定された。しかし、それから6年が経過したものの、再審における証拠開示については、法制化の目処は全く立っていない。
 ② 立法化の必要性
 これまでの再審事件を振り返ってみても、検察官は、再審における証拠開示に決して積極的とはいえないことから、裁判所が訴訟指揮権を通じて、証拠開示をめぐる争いに適切に関与することが必要といえる。
 しかしながら、現状では、証拠開示に向けた訴訟指揮権の行使の在り方について、法律の規定がなく、全て裁判所の裁量に委ねられている。
 そのため、裁判所の積極的な訴訟指揮によって大幅な証拠開示が実現した事件がある一方で、訴訟指揮権の行使に消極的な裁判体により証拠開示が進まない事件もあるなど、係属する裁判体の裁量によって大きな格差が生じており、これは「再審格差」と呼ばれている。
 また裁判所が証拠開示に関する命令や、勧告を行っても、検察官がこれに従わない場合も見受けられるほか、当然存在しているはずの証拠について、検察官から「不見当」「不存在」との回答が行われることも少なくない。
 数多くの事案で無辜の救済が阻まれている原因は、証拠開示に関する法令が存在しないことにある。
 ③ 検討
 以上から、証拠開示を認める制度を創設することが必要である。新たな規律としては、以下のとおり検討することが考えられる。
   ア 裁判所は、検察官に対し、未送致記録も含め警察・検察にて保管する証拠一切の一覧表を作成したうえで、これを提出することを命じることができるという規律を設けること
   イ 裁判所は、再審請求人又は弁護人から請求があれば、検察官に対して、全面的な証拠開示を命じなければならないという規律を設けること
   ウ 裁判所は、証拠開示に関する命令の対象となる証拠の存否を早期に確定させるべく、検察官に対し、証拠の存否を調査し、その結果を回答することを命じることができるという規律を設けること
   エ 裁判所は、証拠価値を保全するため必要があるときは、証拠開示の準備的行為として、鑑定を実施し、その結果を保管することができるという規律を設けること
   オ 裁判所が証拠開示に関する命令や勧告を行っても、検察官がこれに従わない場合があることから、証拠開示に関する裁判所の一般的な権限を明記すること
(2)検察官による不服申立ての禁止(刑訴法第450条関係)
 現行刑訴法第450条は、再審開始決定に対して、検察官が即時抗告することを認めている。
しかしながら、再審開始決定がなされたということは、確定判決の有罪認定に対して、合理的な疑いが生じたということであるから、誤判を是正する必要性に比べて、確定判決を維持しておくべき利益が減少しているはずである。それにもかかわらず検察官の不服申立てを認めてしまっては、実質的に不利益再審の申立権を検察官に認めるに等しく、二重の危険を禁ずる憲法第39条の趣旨に反する。
 わが国の現行再審法に引き継がれた旧刑訴法の規定はドイツ法の影響を受けているが、そのドイツ法においても、1964年の法改正により再審開始決定に対する検察官の即時抗告は禁止されているところである。
 仮に、再審開始決定に対する不服申立てが禁止されたとしても、再審公判において、確定判決の正当性を主張する機会が保障されているのであるから、特段問題は生じない。付審判請求の場合、裁判所が付審判の請求に理由があると判断したときは、事件を管轄地方裁判所の審判に付する旨の決定をし(刑訴法第266条第2号)、この決定があったときは、その事件について公訴の提起があったものとみなされるが(刑訴法第267条)、この決定に対しては、被告事件の訴訟手続において、その瑕疵が主張できることを理由に、特別抗告をすることはできないと判断されている(最決昭和52年8月25日―刑集第31巻4号803頁)。この趣旨は、再審請求審においても妥当する。検察官は、再審開始決定に対して不服があったとしても、再審公判においてその瑕疵を主張することができるのだから、再審開始決定に対する不服申立てを認めるべきではない。
 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すべきであることは、死刑再審4事件の当時から提唱されてきたことである。それにもかかわらずこれまで法改正されず放置されてきたことは、立法の怠慢というべきである。

第4 刑事再審法改正の契機について
 2016年(平成28年)に成立した刑事訴訟法等の一部を改正する法律附則第9条には、改正刑訴法の3年後の見直しとともに、第3項として、再審請求審における証拠開示に関しても検討し、必要に応じて所要の措置を講ずる旨が併記された。
その後、いわゆる松橋事件、大崎事件、湖東記念病院事件、日野町事件において再審開始決定の判断がなされ、東住吉事件、松橋事件、湖東記念病院事件では再審無罪が確定した。
 そして、これら複数の再審事件の報道とともに、世間の関心が集まり、市民運動の結果、昨年12月現在、全国125もの地方議会において、再審法改正を求める意見書や要望書が決議・提出されている。
 今こそ、改正刑訴法の3年後見直しに合わせて、再審法を改正すべきときである。

第5 最後に
 有罪判決は、限られた証拠による判断である。それは「真実の高度の蓋然性」を意味するにとどまり、真実そのものではない。したがって、確定した有罪判決であっても、合理的疑いの余地を容れる証拠によりその蓋然性に揺らぎが生じれば、正されなければならないことは当然である。
限られた証拠による裁判は判断を誤ることがあり、えん罪被害者が生み出される。えん罪被害者は、重い刑事処分を受け、名誉も傷つけられ、想像もできないほどに、長く、苦しい時間を、今現在も過ごしている。
 今こそ、えん罪被害者の尊厳を回復し、真の「無辜の救済」のための刑事司法改革をめざし、刑事再審法を速やかに改正することが必要である。
以上



                                   
2023年3月7日臨時総会決議

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