「袴田事件」の即時抗告棄却・再審開始維持決定に関し、検察官に特別抗告しないことを求める会長声明

「袴田事件」の即時抗告棄却・再審開始維持決定に関し、検察官に特別抗告しないことを求める会長声明

 本日、東京高等裁判所第2刑事部は、いわゆる「袴田事件」の第2次再審請求事件について、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。

1 袴田事件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造・販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火された住居侵入・強盗殺人・放火事件である。同年8月18日に逮捕された袴田巌氏(当時30歳)は、当初から犯行を否認していたものの、連日連夜猛暑の中、1日平均12時間にも及ぶ過酷な取調べを受けた結果、パジャマ姿で犯行を行ったと認める旨の自白を強要され、起訴された。その後、公判でも犯行を否認し、それ以降、現在に至るまで、一貫して無実を主張し続けているが、死刑の確定判決を受け、現在、袴田巌氏の姉である袴田ひで子氏が請求人となって、第2次再審請求を行っている。

2 本件は、通常審において、極めて不自然な経過を辿っている。すなわち、検察官は、起訴時には、犯行着衣を血痕と油の付着したパジャマと主張していた。しかし、公判審理の中でパジャマに関する鑑定の信用性に疑いがもたれると、事件から1年2か月も経過した公判のさなかに、多量の血痕が付着した「5点の衣類」がみそタンクの中から発見されたとして、犯行着衣に関する冒頭陳述をパジャマから「5点の衣類」に変更した。検察官は、袴田巌氏が犯行途中で「5点の衣類」を着替えてタンクに隠したとして、袴田巌氏の自白とも異なる内容へと主張を変更したのである。
 これに対し、第1審は、捜査批判とともに自白調書45通のうち44通を証拠から排斥しながら、残る1通の証拠能力を肯定し、さらに「5点の衣類」を犯行着衣であり袴田巌氏のものであると認定し、同人が犯人であるとして、死刑判決を言い渡した。控訴審も有罪証拠の多くについて証拠価値が低いことを認めたにもかかわらず、控訴を棄却し、最高裁判所も上告を棄却したため、死刑判決が確定した。
 その後なされた第1次再審請求は、27年もの期間を要したが、2008年(平成20年)3月、最高裁判所が特別抗告を棄却し、再審開始が認められず終了した。

3 そこで、2008年(平成20年)4月、袴田巌氏の姉袴田ひで子氏が請求人となり、第2次再審請求を行った。
 第2次再審請求審においては、「5点の衣類」が1年以上もみそに漬かっていたものではないことを示すみそ漬け実験報告書などの新証拠から、「5点の衣類」が犯行着衣でないことが、明らかとなった。また「5点の衣類」から袴田巌氏のDNA型は検出されなかったとする鑑定書も提出された。さらに、裁判所の積極的な証拠開示に関する勧告により、約600点もの検察官手持ち証拠が開示された。その中にも袴田巌氏の無実を示す重要な証拠が多数含まれていた。その結果、2014年(平成26年)3月27日、静岡地方裁判所は、袴田巌氏の再審開始及び死刑・拘置の執行停止を決定した。

4 その後、検察官の即時抗告により、東京高等裁判所が再審開始決定を取り消したが、2020年(令和2年)12月22日、その特別抗告審において、最高裁判所は、メイラード反応その他のみそ漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見等を調査するなどした上で、「5点の衣類」に付着した血液の色調が、1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むか否かについて判断させるため、東京高等裁判所に差し戻す旨決定した。

5 本日の決定は、有罪の決定的証拠とされていた「5点の衣類」について、原審において提出されたみそ漬け実験報告書などを新証拠としたうえで、「5点の衣類」の血痕には、赤みが残っていることから、これらが、1年以上みそ漬けされたとの事実に合理的な疑いが生じており、事件から相当期間経過後の発見時に近いころに、袴田巌氏以外の第三者が、タンク内に隠匿して、みそ漬けした可能性が否定できないとした。さらに、この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関の者による可能性が極めて高いと思われるとまで断じたものである。そのうえで、「5点の衣類」が犯行着衣であり、袴田巌氏の着衣であることに合理的な疑いが生じ、その結果、袴田巌氏を本件の犯人とした確定判決に合理的な疑いが生じることは明らかであるとし、静岡地方裁判所の再審開始決定の結論を是認した。これらの判断手法は、無辜の救済の理念や「疑わしい時は被告人の利益に」と明言し、新旧証拠を総合的に判断するとした白鳥・財田川決定の枠組みに沿うものといえ、当会としても、これを高く評価するものである。

6 なお、袴田事件においては、次の3つの問題点が浮き彫りになったといえる。
 第1に、再審請求手続における証拠開示、検察官の不服申立ての禁止を含めた刑事再審法の改正を速やかに実施することが求められる点である。
 本件においては、第2次再審請求審において、裁判所の積極的な証拠開示の勧告により、約600点もの検察官の手持ち証拠が新たに開示され、これがその後の判断に、少なからず影響を及ぼしたといえる。ところが、現行法では、証拠開示に関する規定がないことから、裁判体によって、証拠開示に関する姿勢が異なり、場合によっては、これが再審開始の判断に直結するという極めて不合理な事態となっているという現実があり、これを速やかに是正する必要がある。また本件のように、再審開始決定から、すでに9年近く経っているのにもかかわらず、未だに再審公判が実施できていないという異常な事態を解消するためには、再審開始決定に関する検察官の不服申立てを禁止する必要がある。
 第2に、早期に死刑制度を廃止すること、死刑制度の廃止までの間、死刑の執行を停止することが求められる点である。
 本決定が確定し、袴田巌氏が無罪となれば、死刑再審4事件に次ぐ、5件目の死刑再審無罪事件となる。こうして、現在も死刑えん罪が存在することが明らかとなり、取り返しのつかない死刑えん罪をなくすためには、死刑制度の廃止が必要であり、死刑制度廃止までの間、死刑執行を停止する必要があることが、社会的にも明らかとなったものといえる。
 第3に、全件・全過程の取調べ録音・録画制度と、弁護人立会制度の早期実現 が求められる点である。
 本件は、逮捕後連日連夜、猛暑の中で1日平均12時間以上の厳しい取調べを行い、便器を取調室に持ち込んでトイレにも行かせない状態にして自白を強要し、その結果、このような許し難いえん罪を生んだものといえる。このような卑劣で、人権を蹂躙するような取調べを二度とさせないよう、全件・全過程の取調べ録音・録画制度と、弁護人立会制度が早期に実現されることが必要である。

7 袴田巌氏は、1968年(昭和43年)9月11日に死刑判決を受けてから、死刑及び拘置の執行停止決定までの45年もの間、死と隣合わせの恐怖の中、過ごしてきた。そして、再審公判にさえ至っていない現在もなお、その不安のなかにいる。また同人は現在87歳と高齢であり、長期間の拘置生活による精神的負担は計り知れない。一刻の猶予も許されず、早期に無罪を確定させなければならない。そこで、当会は、検察官に対して、本決定に従い、最高裁判所に特別抗告を行うことなく、速やかに再審公判に移行するよう強く求める。
 また当会は、これからも袴田巌氏が無罪となるための支援を続けるとともに、上記のとおり、死刑廃止及びえん罪防止・救済のための刑事司法改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。

2023年(令和5年)3月13日
          大阪弁護士会      
          会長 福 田 健 次

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