国会に対し、刑法(性犯罪)改正の審議において被害者の保護法益に十分配慮しつつも、刑罰法規の明確性の原則を損なうことのないよう議論を尽くすことを求める会長声明

国会に対し、刑法(性犯罪)改正の審議において被害者の保護法益に十分配慮しつつも、刑罰法規の明確性の原則を損なうことのないよう議論を尽くすことを求める会長声明

 政府は、2023年(令和5年)3月14日、法制審議会から答申されていた性犯罪規定を見直す刑法改正案(以下「本改正案」という。)について閣議決定した。
 本改正案は、強制わいせつ罪や強制性交罪の構成要件について、「8つの行為及びこれらに類する行為」により、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」又は「その状態にあることに乗じて」わいせつ行為や性交等に及ぶこととしている。また、本改正案では、強制わいせつ罪、強制性交罪の名称がそれぞれ不同意わいせつ罪、不同意性交罪に改められることになる。
 2019年(平成31年)3月、性犯罪に関する4件の無罪判決が出されたことを契機に、性犯罪の被害者や市民らからの同意なき性交等を処罰する刑法改正を求める声が高まった。これを受ける形で、性犯罪に関する刑事法検討会及び法制審議会において、性犯罪の要件についての長期間にわたる議論がなされた結果、答申され、閣議決定されたのが本改正案である。本改正案は、被害者の保護法益である性的自由、性的自己決定権から性犯罪を規定しようとするものであり、「同意なき性的行為」を性犯罪の構成要件とするものである。
 もとより、被害者の同意なき性的行為については厳しく処罰されなければならないことに異論はない。
 ただ、一方において、刑罰法規については、徳島市公安条例事件の最高裁大法廷判決(最判昭和50年9月10日刑集第29巻8号489頁)が判示した「通常の判断能力を有する一般人が、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうか」、すなわち、自身の行為について犯罪が成立するか否かについて、法律家以外の一般の市民が理解できるように規定されなければならない。
 この点、本改正案で構成要件とされている規定には、明確であるか否かについて見解が分かれるものが含まれており、刑罰法規の明確性、類推解釈禁止など罪刑法定主義に照らして問題があり、性犯罪の成立範囲を不明確にするおそれがある。
 例えば、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」という要件であるが、社会生活上の人間関係では、一方が他方に対して、何かしらの経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力を有している場合がほとんどであるから、犯罪成否の判断基準として不明確である。加えて、「これらに類する行為又は事由」をも対象としたのでは、その判断は、より一層困難となる。この点については、本改正案の要綱を検討した法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会において裁判官委員からも、「類する行為」、「類する事由」という文言を入れることについて、明確性の点で問題があるとの疑義が示されている。
 本改正案は、現行法下で、性犯罪の要件とされている「被害者の抗拒を著しく困難ならしめる程度の暴行・脅迫」について、より要件を明確なものとすることを目的とするものであるとされているが、前述のとおり、刑罰法規の明確性の観点から問題点を含むものとなっている。
 今後、議論は国会に場を移すこととなるが、当会は、国会に対し、刑法(性犯罪)改正の議論にあたっては、性的自由、性的自己決定権という被害者の保護法益について十分配慮しつつも、刑罰法規における明確性の原則を損なうことのないよう、議論が尽くされることを強く求めるものである。

2023年(令和5年)3月31日
          大阪弁護士会      
          会長 福 田 健 次

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