「大崎事件」の即時抗告棄却決定に抗議する会長声明

「大崎事件」の即時抗告棄却決定に抗議する会長声明

 福岡高等裁判所宮崎支部は、2023年(令和5年)6月5日、いわゆる大崎事件第4次再審請求事件につき、請求人の即時抗告を棄却し、鹿児島地方裁判所の再審請求棄却決定(以下「原決定」という。)を維持する決定をした(以下「本決定」という。)。

1 大崎事件は、1979年(昭和54年)10月、鹿児島県大崎町で、原口アヤ子氏(当時52歳)(以下「アヤ子氏」という。)の義理の末弟が、自宅横の牛小屋の堆肥の中から遺体となって発見されたことで発覚した事件である。
 本件では、アヤ子氏が、元夫及び別の義弟と共謀して、被害者を殺害し、その遺体を別の義弟の息子も加えた4名で遺棄したとされた。これに対し、アヤ子氏は、一貫して犯行を否認したが、1980年(昭和55年)3月31日、鹿児島地方裁判所において、殺人・死体遺棄罪として、懲役10年の有罪判決を受け、その後、控訴、上告、異議申立ても棄却され、これが確定した。アヤ子氏は、服役し、満期出所した。

2 本件は、第1次再審請求審において2002年(平成14年)3月26日に鹿児島地方裁判所による再審開始決定を受けたものの、検察官の即時抗告によってこれが取り消され、第2次再審請求も棄却された。
 しかし、第3次再審請求では、2017年(平成29年)6月28日に鹿児島地方裁判所が再審開始決定をし、これに対する検察官による即時抗告も、福岡高等裁判所宮崎支部が2018年(平成30年)3月12日にこれを棄却し、再審開始の判断を維持する決定がなされた。
 ところが、検察官のさらなる特別抗告によって、最高裁判所第一小法廷は、2019年(令和元年)6月25日、検察官の特別抗告に理由がないとしながら、下級審に差し戻すこともせず、「取り消さなければ著しく正義に反する」として、書面審理のみで,再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する前代未聞の判断を下した。再審制度がえん罪被害者の救済のみを目的とする非常救済手続であることを全く無視したこの判断の問題性については、当会が2019年(令和元年)7月5日に発出した大崎事件第三次再審請求棄却決定に抗議する会長声明にて指摘したところである。

3 請求人及び弁護団は、なおアヤ子氏のえん罪を晴らすために第4次再審請求を申し立てた(後述する通り、アヤ子氏の高齢と認知症の進行により、その親族が請求人となった)。
 本件は、被害者が道路側溝に転落したのち、通行人が道路脇に引き上げて横たわらせていたところ、さらに近隣住民がこれを発見し、被害者を軽トラックで同人方へ運び、それからさらに数時間後、同人方の牛小屋の堆肥の中から遺体となって発見されたという経緯があり、被害者が道路側溝で転落した際の負傷による事故死であったか否か、被害者を運んだ近隣住民による、当時被害者が歩いていたなどとする供述が信用できるか否かが主な争点となっている。
 第3次再審請求において最高裁判所は、法医学者による鑑定は死因に関するもので死亡時期を明らかにするものでなく、なお近隣住民の供述の信用性を否定するものではないなどとした。そのため、第4次再審請求において弁護団は、死亡時期についての救命救急医の鑑定書、近隣住民の供述に関する供述鑑定書などを新証拠として提出し、「被害者」が転落事故によって致命的な傷害を負い、近隣住民が連れ帰った午後9時には死亡していた可能性が高く、その後のアヤ子氏らの午後11時ころの犯行はあり得ないことを改めて主張した。
 ところが、第4次再審請求審の鹿児島地方裁判所も、上記最高裁決定に追従し、不当にも再審請求を棄却した。その不当性についても、当会が2022年(令和4年)6月22日に発出した「大崎事件」の再審請求棄却決定に抗議する会長声明にて指摘したところである。

4 本決定は、上記原決定の判断を「論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはな」いとして是認し、再審請求を認めない判断を維持した。その判断は、新証拠の評価および新旧証拠の総合判断を適切に行わず、白鳥・財田川決定に違反した原決定の不当性を引き継ぐものであって、上記最高裁決定を漫然と追認するものといえ,到底是認できない。

5 なお大崎事件においては、日野町事件、袴田事件とならんで現行の刑事訴訟法上の再審制度における問題点が浮き彫りとなっている事件である。
 第1に、本件の第2次再審請求では、その即時抗告審(福岡高裁宮崎支部)において、裁判所が、検察官に対し、積極的に書面による証拠開示の勧告を行い、これにより多数の証拠開示がなされたものであるが、原審である再審請求審(鹿児島地方裁判所)では、裁判所が十分な訴訟指揮をしなかったことから、検察官による証拠開示が実施されなかったという経過を辿っている。これは、再審請求審において証拠開示に関する規定がないため、裁判体により、証拠開示の実施の有無が異なるといういわゆる「再審格差」が生じていたものといわざるを得ない。
 第2に、本件は、実に3つの裁判体において再審開始の判断がなされたにもかかわらず、検察官により繰り返される即時抗告、特別抗告によって、徒に審理が長期化した事件であり、このような検察官による不服申立ての問題も露呈したものというほかない。アヤ子氏は、今年で96歳となり、認知症の進行により、現在はその親族が再審請求の請求人となっている。アヤ子氏が存命のうちに救済するためには、もはや一刻の猶予も許されない。
 当会は、今後もアヤ子氏が無罪となるための支援を続けるとともに、再審における証拠開示の制度化や、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止をはじめとする再審法改正など、えん罪救済のための刑事司法改革の実現を目指して、全力を尽くす所存である。

2023年(令和5年)6月5日
          大阪弁護士会      
          会長 三 木 秀 夫

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