「袴田事件」の再審公判において無罪を宣告すること及び速やかにこれを確定させること並びに再審法改正の一刻も早い実現を求める会長声明

「袴田事件」の再審公判において無罪を宣告すること及び速やかにこれを確定させること並びに再審法改正の一刻も早い実現を求める会長声明

 本日、静岡地方裁判所において、いわゆる「袴田事件」に関する再審公判が結審した。
 当会は、2023年(令和5年)3月13日に「『袴田事件』の即時抗告棄却・再審開始維持決定に関し、検察官に特別抗告しないことを求める会長声明」、同年4月28日に「『袴田事件』の速やかな再審公判の開始及び袴田巌氏に対する無罪判決を求める会長声明」を発出し、袴田巌氏のえん罪救済の早期実現を繰り返し求めてきた。本事件の概要は、上記各会長声明で述べたとおりである。袴田巌氏は、1966年(昭和41年)8月18日に逮捕されてから2014年(平成26年)3月27日に再審開始及び死刑の執行・拘置の停止の決定がなされるまで、死と隣合わせの恐怖のなか約48年にもわたり身体拘束を受け続けてきた。ところが、その後も検察官の即時抗告により再審開始決定が取り消されるなどしたため、再審開始決定が確定するまで9年、さらにそれから現在まで1年2か月が経過している。袴田巌氏は現在88歳となり、事件発生から実に58年の月日が流れようとしている。

 このような年月を経た要因の一つは、再審請求審において「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の存否が極めて長期にわたり争われたことにある。とりわけ、いわゆる「5点の衣類」については、犯行時に血痕が付着し、その後1年以上味噌タンクに入れられてから発見されたという確定判決の判断に対して、血痕が色あせずに残るのはおかしいとの疑義が突き付けられ、鑑定の信用性などをめぐる争いが繰り返されてきた。そして、第2次再審請求の特別抗告審において、最高裁判所が今後審理すべき点を具体的に示して差し戻し、これを踏まえさらに審理が重ねられた。その結果、検察官が1年2か月にわたり行った「みそ漬け実験」でさえ血痕の赤みが消えていることが明らかとなるなど、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の存在が動かしがたいものとなって、ようやく再審公判に至ったのである。

 ところが、再審公判段階になっても、検察官は、三者協議の場において、立証方針を決定するためにさらに3か月を要するとして、公判の開始を遅延させた。そのうえ検察官は、有罪立証を行う方針をとり、「5点の衣類」の血痕の赤みに関しても、改めて法医学者による共同の鑑定書の証拠調べを請求した。このような検察官の有罪に向けた立証活動は、既に再審請求審で決着のついた争点を蒸し返すものとして、いたずらに公判審理を長引かせるものとの批判を免れない。
 とはいえ、再審公判が結審した現在、検察官の不当な立証活動にもかかわらず、弁護人らのさらなる主張・立証によって、「5点の衣類」の血痕のほか、その発見の経緯や隠匿場所の不自然さ、内部犯行と決めつけて行われたずさんな捜査の数々、人権を無視した袴田巌氏に対する取調べの実態等が明らかにされ、袴田巌氏の無罪はより明確になったというべきである。極めて長期にわたる裁判の中で主張立証が尽くされていること、袴田巌氏が現在88歳と高齢であること、その甚大な苦難の日々、これらいずれをみても、無罪判決を言い渡し、速やかに確定させる以外に司法の取るべき道はない。
 なお、上記再審開始決定は、「5点の衣類」につき、事件から相当あと、むしろ発見時に近い時点で、袴田巌氏以外の第三者がタンク内に入れた可能性を否定できないとの判断を示し、この第三者には捜査機関も含まれ、事実上捜査機関による作為の可能性が極めて高いと思われるとまで断じている。今後のえん罪抑止の観点から、再審公判においても、この点について明確に認定されることが望まれる。
 また、本事件を振りかえるとき、再審手続に関する条文がわずか19条しかないという刑事訴訟法の不備を痛感させられる。証拠開示に関する規定の欠如が、検察官による消極的な開示姿勢とあいまって、無辜の救済を妨げてきたことは明らかである。他方で、同法が検察官の再審開始決定に対する不服申立てを認めていることにより、再審開始決定が覆された結果、袴田巌氏のえん罪を晴らすのに、これほどまで長期の時間を要している。えん罪被害者の早期救済を実現するためには、再審請求手続における①手続規定の整備、②証拠開示の制度化、③再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を中心とする再審法の改正を速やかに実現する必要がある。
 本年3月11日には、与野党134名の国会議員の参加を得て、超党派で「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が結成された。参加議員の数はすでに280名を超えているとのことで、今なお増えている状況である。7道府県議会を含む260を超える地方議会でも再審法改正を求める意見書が採択され、全国の地方自治体の首長や各種団体からも再審法改正への賛同が日弁連に寄せられている。さらに、間もなく全国52の全ての弁護士会による再審法改正を求める総会決議の採択が出揃う見通しである。

 このような事件の推移や再審法改正の機運が高まっている状況を踏まえ、当会は、「袴田事件」の再審公判において袴田巌氏に無罪を宣告し、検察官が控訴することなく速やかに無罪判決を確定させること、そしてこれを機に、えん罪被害者が適正かつ迅速に救済されるよう、再審法改正の一刻も早い実現を強く求めるものである。


2024年(令和6年)5月22日
          大阪弁護士会      
          会長 大 砂 裕 幸

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