「飯塚事件」の再審請求棄却決定に関する会長声明

「飯塚事件」の再審請求棄却決定に関する会長声明

 福岡地方裁判所は、2024年(令和6年)6月5日、いわゆる飯塚事件第2次再審請求につき、再審請求を棄却した。

1 本件は、1992年(平成4年)2月20日、福岡県飯塚市において、いずれも当時7歳の女児2名が登校中に失踪し、翌日遺体が発見された事件である。事件発生から2年以上経過した後、久間三千年氏が略取誘拐、殺人、死体遺棄の容疑で逮捕・起訴された。久間氏は、一貫して本件への関与を否認していたが、 1999年(平成11年)9月29日、福岡地方裁判所は死刑判決を言い渡し、その後、控訴、上告も棄却され、2006年(平成18年)10月8日、死刑判決が確定した。
 本件には、久間氏と犯行とを結びつける直接証拠は存在せず、被害者の体内等から検出された犯人のものと思われる血液の血液型がB型と判定され、これが久間氏の血液型と一致したこと、警察庁科学警察研究所が行ったいわゆる「MCT118型DNA鑑定」により犯人のDNAの型が久間氏と一致したとされたこと、被害者らが最後に目撃された付近で目撃された車両及び遺留品発見現場付近で目撃された車両が、いずれも久間氏が事件当時使用していた車と車種が一致するとされたことなどが、死刑判決の重要な証拠とされた。
 久間氏は、死刑判決確定後も無実を訴え、再審請求の準備をしていたが、死刑判決の確定から約2年後の2008年(平成20年)10月28日、死刑が執行された。そのため、無辜の者が誤った刑事手続によって命を奪われたとして、遺族によって再審請求が行われたのである。

2 2009年(平成21年)10月28日に申し立てられた第1次再審請求においては、筑波大学法医学教室の本田克也教授と日本大学心理学研究室の厳島行雄教授の鑑定書が新証拠として提出された。
 まず、本田鑑定書により、同じ頃に発生し、再審無罪となった足利事件においても証拠とされた「MCT118型DNA鑑定」が、全く信用できないことが明らかにされた。すなわち、弁護団が、裁判所を通じて入手した同DNA型鑑定書に添付された写真のネガフィルムを解析したところ、鑑定書添付写真が一部切除されたものであり、しかも切除された部分には、久間氏とは異なる真犯人のものである可能性があるバンドが検出されていたこと、また被害者両名の心臓血由来の資料のレーンに混入するはずのない第三者のバンドが検出されていたのに、それを鑑定書添付写真では確認できないようにしていたことが発覚した。これにより、捜査機関は、鑑定結果のうち疑惑をもたれる部分を一部切除し、写真の光度を落とすなどして、実験の信用性を低下させる心臓血由来レーンのバンドを見えなくしていたことが明らかになったものである。また同鑑定書によれば、犯人の血液型は、B型ではなくAB型と判定すべきことも明らかにされた。
 次に、厳島鑑定書は、目撃現場において、本件と全く同一の季節に同種車両を駐車させてフィールド実験を行い、その結果を供述心理学ないし実験心理学の分析手法を用いて解析し、目撃証言のような多項目について一瞬のうちに記銘・記憶し、供述として再現することは不可能であることを明らかにした。
 ところが、福岡地方裁判所は、このような「MCT118型DNA鑑定」の信用性に疑問を呈しつつも、いずれにせよ、他の証拠との総合評価により、確定判決の有罪認定は揺るがないとした。その後、弁護団による即時抗告、特別抗告がなされるも、いずれも棄却されるという結果となった。

3 弁護団は、2021年(令和3年)7月9日、第2次再審請求を申し立てた。
 同請求においては、第1次再審請求において、すでに「MCT118型DNA鑑定」の信用性に疑問が呈されたことなどから、目撃証言についての新証拠を提出することになった。まず、事件当時、被害者らを目撃したとの供述をしていた供述者が、被害女児を見たのは事件当日ではなく、当該供述証拠は警察官による強引な誘導によって作成されたものであると証言した。次に、別の目撃者が、事件当時の同時刻ころ、事件現場近くのバイパスで、小学校低学年の女児2名が後部座席に乗車している犯行車両と思われる不審車両を目撃して翌朝警察に通報したが、その際に目撃した犯人と思しき人物は久間氏とは全く別人であった、と証言した。
 ところが、福岡地方裁判所は、二人の証人尋問を実施したものの、いずれの証言も信用できないとして、本件再審請求を棄却した。本決定は、新証拠の評価及び新旧全証拠の総合評価を適切に行ったとは言えず、白鳥・財田川決定にも違反する判断であると言わざるを得ない。

4 なお、飯塚事件においては、次の問題点が浮き彫りになったといえる。
 (1) 第一に、本件においては、弁護団から、前記証人が、当初、事件当日に目撃したと述べていないことを立証するため、初期供述の証拠開示勧告の申立てがなされ、裁判所が、検察官がその存在を認めた警察からの送致文書リストの開示を文書で勧告したところ、検察官は、裁判所には、このような勧告をする権限はないとして、その開示を拒否した。このような検察の対応を許すことは、えん罪救済の途を容易に阻むものであり、到底許し難い。早期に、再審請求審における証拠開示規定の創設が必要であるといえる。
 (2) 第二に、当会は、2019年(令和元年)12月9日、政府及び国に対し、死刑制度を廃止すること、死刑制度の廃止までの間、死刑の執行を停止すること等の死刑制度の廃止に関する決議をしている。死刑を廃止すべき重要な根拠の一つは、万が一死刑判決が誤判であった場合に、これが執行されてしまうと取り返しがつかないということにある。飯塚事件は、前記のとおりえん罪の疑いが濃い事案であり、その懸念は今なおぬぐい切れないものであるにもかかわらず、再審準備中に死刑が執行されたことは許すことはできない。

5 当会は、改めて、えん罪の適正かつ迅速な救済のための再審法改正及び死刑制度の廃止、並びに直ちに死刑確定者に対する死刑の執行を停止することを求めるとともに、本件の再審請求について、引き続き注視していくものである。

2024年(令和6年)6月5日
          大阪弁護士会      
          会長 大 砂 裕 幸

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