大阪地検特捜部検事に対する付審判決定を受けて、検察における捜査・取調べの運用の在り方を改革するとともに、取調べ全件の可視化及び弁護人立会権の法制化を求める会長声明
・大阪地検特捜部検事に対する付審判決定を受けて、検察における捜査・取調べの運用の在り方を改革するとともに、取調べ全件の可視化及び弁護人立会権の法制化を求める会長声明
いわゆるプレサンス元社長えん罪事件において無罪となった山岸忍氏(以下「山岸氏」という)が、山岸氏の元部下の取調べを担当した検察官について特別公務員暴行陵虐罪で刑事裁判を開くように求めた付審判請求に対し、2024(令和6)年8月8日、大阪高等裁判所第4刑事部(村越一浩裁判長、畑口泰成裁判官、赤坂宏一裁判官)は、同請求を棄却した地裁決定(以下「原決定」という)を取り消すと共に、同検察官について特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条1項)として大阪地方裁判所の審判に付する旨の決定をした(以下「本件付審判決定」という)。
本件付審判決定は、大阪地検特捜部検察官であった田渕大輔検事(以下「田渕検事」という)による山岸氏の元部下に対する取調べにおいて、田渕検事が、机を強く叩いて大きな音を立てた上、「ふざけるな」「なんでこんな見え透いた嘘をつくんだ」「検察なめんなよ」などと大声で罵倒し、さらに「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」「あなたはその損害を賠償できます。10億、20億じゃ済まないですよね」などと告げるなどの言動に及んだことにつき、取調べにおいて必要性、相当性を見出すことのできない威圧的、侮辱的、脅迫的な言動であると認定し、田渕検事の当該行為を「陵虐もしくは加虐の行為」の嫌疑があるとして、原決定の判断を改め、公訴提起を決定したものである。
これまでわが国においては、現刑事訴訟法の下でも、取調官は、弁護人の立会いをおよそ認めないとの運用を堅持したままに、密室取調べを利用して供述の強要を繰り返してきた。これにより、虚偽供述が誘発され、深刻なえん罪、被疑者に対する数多くの人権侵害を生んできた。本件付審判決定は、検察官に取調べの手法の裁量や広い訴追裁量があることを認め、公訴提起を認めなかった原決定とは異なり、付審判請求の制度趣旨や目的を踏まえ、付審判請求を受けた裁判所は、審判に付すか否かを独自の立場で決することができるとして、本件の犯情に加えて一般予防及び特別予防の観点も詳細に検討したうえで、審判に付すべきとの結論を導いており、司法権のあるべき姿を示した画期的なものといえる。当会は本件付審判決定を高く評価する。
しかも、本件陵虐行為は、2009年に発生したいわゆる厚労省元局長事件(大阪地検特捜部の検察官が、当時厚生労働省の局長であった村木厚子氏(以下「村木氏」という)の部下に対し、虚偽有印公文書作成等について村木氏の関与を認める供述を強要し、さらにその供述に合わないフロッピーディスク内の文書ファイルの更新日時を改ざんするなどした事件)を契機として、検察の在り方検討会議や法制審・新時代の刑事司法制度特別部会を経て、2016年の刑事訴訟法一部改正によって検察官独自捜査事件における取調べの可視化(全過程の録画)が義務付けられたことによって、その詳細が明らかになったものである。本件付審判決定が述べるとおり、取調べにおけるやりとりを正確に把握することを可能にした「録画制度導入の意味は大きい」が、他方、原決定及び本件付審判決定が指摘するとおり、「録音録画された中でこのような取調べが行われたこと自体が驚くべき由々しき事態である」といわざるを得ない。
加えて、本件付審判決定が「田渕検事の取調べについての録音録画をしかるべき時期に確認したであろう他の検察官も、本件取調べについて問題視し、検察庁内部で適切な対応が取られた形跡はうかがえない。(中略)田渕検事個人はもとより、検察庁内部でも深刻な問題として受け止められていないことがうかがわれ、そのこと自体が、この問題の根深さを物語っている」と指摘していることも、きわめて重要である。上記刑事訴訟法一部改正に至る過程で、法務省・検察庁は「検察の再生に向けて」真剣に取り組んできたはずであるにもかかわらず、かかる事態が生じているのである。
現在、取調べ可視化の法制化について、法務省に設置された「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」において、改正刑訴法附則第9条による検討(いわゆる3年後検証)が行われているが、同協議会は、上記刑事訴訟改正後の実務の運用状況を共有しながら意見交換を重ね、制度・運用において検討すべき課題を整理することを目的として設置されたものであるにもかかわらず、検察庁は、録音録画記録媒体により明らかになる取調べの実態を検討対象にすることすら拒んでおり、本件陵虐行為のような取調べについて、その実態を検証しようとする姿勢は全く見受けられない。
この点、本件付審判決定は、「本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべき」とまで述べており、検察庁は、本件付審判決定を真摯に受け止め、同協議会における上記姿勢を改めるとともに本件陵虐行為とその背景について徹底的に検証を行い、検察官における捜査・取調べの運用に対して根本的な改革を行わなければならない。
他方で、本件陵虐行為が行われたこと自体、現行制度を前提とした取調官の意識改革や検察組織内での運用改善に頼っていては、旧態依然の取調べのあり方を改革し、刑事訴訟法の求める適正手続に適った運用を実現することは困難であることを強く物語っている。
本件付審判決定を受け、当会は、改めて、取調べ全件の可視化とともに、弁護人立会権の法制化を強く求めるものである。
大 阪 弁 護 士 会
会長 大 砂 裕 幸