「福井女子中学生殺人事件」再審開始決定に関する会長声明
2024年(令和6年)10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部(山田耕司裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」第2次再審請求事件(請求人前川彰司氏)について、再審開始決定をした(以下、「本件再審開始決定」という)。
1 事件の概要
本件は、1986年(昭和61年)3月、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。前川氏は、逮捕以来一貫して無罪を主張している。客観的な物証はなく、犯行現場付近その他で、着衣等に血痕を付着させた前川氏の姿を見た、前川氏から犯行の告白を受けたなど、複数の関係者らの供述があるのみである。
2 確定審の経過
確定審第一審は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、1990年(平成2年)9月26日、無罪判決を言い渡した。ところが、確定審控訴審は、控訴審において関係者らの供述がさらに変遷したにもかかわらず、「大筋で一致」するなどとしてその信用性を認め、1995年(平成7年)2月9日、逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、この有罪判決が最高裁で確定した。
3 再審請求審の経過
前川氏は、2004年(平成16年)7月、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高裁金沢支部)において関係者らの供述調書の一部などが開示された結果、関係者らの供述の著しい変遷がより一層明らかになったため、その信用性が否定され、2011年(平成23年)11月30日、再審開始決定がなされた。ところが、再審異議審(名古屋高裁)は、2013年(平成25年)3月6日、再審開始決定を取り消し、この判断は特別抗告審でも維持された。
しかし、前川氏はこれに屈することなく、2022年(令和4年)10月14日、第2次再審請求を申し立てた。このたびの再審請求審においては、裁判所の積極的な訴訟指揮により警察保管の捜査報告メモを含む287点もの証拠が開示されたほか、確定審の第一審と控訴審とで供述を変遷させた関係者の証人尋問が実施された。本件再審開始決定は、これら裁判所が開示させた証拠を踏まえ、確定判決において有罪認定の根拠とされた関係者らの供述の信用性を否定し、「請求人を犯人であると認めることはできない」との判断を行い、再審開始を認めるに至ったものである。かかる判断は、無辜の救済の理念や、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に沿ったものであり、当会としても、これを高く評価する。
4 本件再審開始決定が指摘した警察及び検察の不適切な捜査手法
なお、本件再審開始決定は、確定審検察官が、関係者供述の裏付けとされたテレビ番組が実際には放送されていなかった事実を隠したまま、「動かし難い客観的事実として扱い続けた」ことについて、「不利益な事実を隠そうとする不公正な意図があったことを推認されても仕方がないところが」あり、「(その)訴訟活動は、公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為といわざるを得ず、適正手続確保の観点からして、到底容認することはできない」と厳しく批判している。いわゆる厚労省元局長事件において大阪地検特捜部の主任検察官が客観的証拠であるフロッピーディスクを改ざんしたことや、やはり大阪地検特捜部の検察官が、いわゆるプレサンス元社長冤罪事件において、事件関係者の取調べの際に机を強く叩き、「検察なめんなよ」などと大声で怒鳴るなど、脅迫的・威圧的取調べを行ったことを想起すれば、こうした検察官の不正が決して偶発的なものでないことは明白である。実際、プレサンス元社長冤罪事件の取調べについて、大阪高裁は、2024年(令和6年)8月8日、特別公務員暴行陵虐罪に該当するとして付審判決定を出し、その理由中で「他の検察官も、本件取調べについて問題視し、検察庁内部で適切な対応が取られた形跡はうかがえない。…(担当)検事個人はもとより、検察庁内部でも深刻な問題として受け止められていないことがうかがわれ、そのこと自体が、この問題の根深さを物語っている」と判断しており、こうした不正が構造的な問題であることを明確に指摘している。
また、本件再審開始決定は、警察が行った関係者の引き当たりについて、「(その)引き当たりは、新たな供述内容を確認するために行われたものではなく、引き当たりを実施した結果、(当該関係者)の供述を得たことから、捜査報告書では、同日の引き当たりについてはあえて記載せず、…供述確認のために行ったものとして、…(翌日の)引き当たりのみを捜査報告書に記載した疑いが現実的なものとして浮上する」としつつ(当該関係者の)「供述は自発的なものではなく、警察官の引き当たりを利用した誘導や示唆に迎合したものであった合理的疑いがある」とする。これはいわゆる日野町事件において、警察官が引き当たりに関する捜査報告書作成時に写真の順番を入れ替え、被告人とされた阪原弘氏があたかも自発的に現場を案内したかのような体裁を作り出したことと相通ずるものである。
この他にも、本件再審開始決定は、警察の捜査のあり方についても、事件関係者に対する利益誘導や迎合を招く違法な取調べなどが行われたことを詳細に指摘しており、「警察は、捜査の行き詰まりもあって、当時唯一の情報源(の)供述に頼り、主要関係者らに対し、(情報源の)供述を示唆するなどして誘導等を行い、なりふりかまわず供述を得ようとしていた疑いが濃厚である」とまで言及し、強く批判している。
これら一連の指摘は、いわゆる袴田事件の2024年(令和6年)9月26日再審無罪判決において捜査機関による「ねつ造」が認定されたことと同様に、警察、検察が有罪に固執するあまりに事実及び証拠を歪曲する体質の根深さを浮き彫りにするものである。これら各再審事件において浮かび上がった問題は、決して別個の出来事ではなく、捜査機関にとって深刻な課題として受け止められねばならない。
なお、袴田事件の上訴権放棄に際してなされた検事総長談話は、検察庁にはこうした問題に目を向け、反省から自浄に向かう姿勢が皆無であることを示すものであり、このような姿勢では日本の捜査機関が国民の信頼を取り戻すことは到底できないことを指摘しておく。また、上記談話では、検察庁が、「相当な長期間にわたり、法的地位が不安定な状況に置かれてしまったこと」に対し、「申し訳なく思って」いるとの表明がなされたが、真にそのような意思を持っているのであれば、今こそ、その姿勢を示すときであり、本件再審開始決定に対し、異議を申立てることなく、再審開始の判断を早期に確定させるべきである。
5 最後に
当会は、警察及び検察に対し、改めて本件再審開始決定が指摘した多くの違法手続について真摯に反省することを求めるとともに、検察官に対して、本件再審開始決定に対する異議申立てを行わないことを強く求める。同時に当会は、袴田事件、福井女子中学生殺人事件が浮き彫りにした再審法の不備を是正すべく、再審法の速やかな改正を目指すとともに、今後一切の冤罪を防止するため、取調べ全件の可視化及び弁護人立会いの法制度化のために、全力を尽くしていく決意である。
大 阪 弁 護 士 会
会長 大 砂 裕 幸