袴田事件に関する検事総長談話に抗議するとともに改めて再審法改正の早期実現を求める会長声明
・袴田事件に関する検事総長談話に抗議するとともに改めて再審法改正の早期実現を求める会長声明
2024年(令和6年)9月26日、静岡地方裁判所は、再審公判において袴田巖氏に無罪判決を言い渡し、同年10月9日、静岡地方検察庁が上訴権を放棄したことにより、袴田巖氏の無罪が確定した。
1968年(昭和43年)9月11日に死刑判決を受けてから、実に60年近くもの間、いつ死刑執行がなされるかの恐怖に脅かされながら再審における適正な判断を待ち続けた袴田巖氏の無実がついに認められることになった。
一方で、2024年(令和6年)10月8日、上訴権放棄に先立ち、最高検察庁の畝本直美検事総長は、上記静岡地裁判決(以下「再審無罪判決」という。)に対する検事総長談話(以下「本件談話」という。)を発表した。
本件談話は、2023年(令和5年)の東京高裁決定を踏まえた対応として、「憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない」ことを理由に「特別抗告を行うことは相当ではない」と判断しつつも、「静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行う」こととしたとして、再審公判に臨んだ趣旨を述べたうえで、再審無罪判決に対し、「大きな疑念を抱かざるを得」ない、「論理則・経験則に反する部分が多々あり」、「強い不満を抱かざるを得ない」、「控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であった」などと批判を述べた。
しかし、再審無罪判決は、検察庁がした「有罪立証」を踏まえたうえ、刑事訴訟法に則り、袴田巌氏を無罪と判断したものである。本件談話は、検察庁が自ら上訴権放棄という判断により無罪判決を確定させておきながら、裁判手続外で、再審無罪判決を一方的に批判するのみならず、袴田巖氏の名誉を毀損しかねないものとなっている。本件談話は、刑事司法の一翼をになう公益の代表者たる地位にあるものとして極めて適切さを欠いたものであると言わざるを得ない。
本件で最大の争点となった、5点の衣類に付着した血痕の赤みが消失するか否かについて、再審無罪判決は、弁護人らの実験結果のみならず検察官による実験結果をも踏まえ、みそ漬けされた血痕が黒褐色化する科学的機序についても考慮したうえで、事件当時の状況下においてもなお血痕の赤みが残るか否かを検討し、赤みが残ることはないと結論づけている。このように、再審無罪判決は、専門的知見を踏まえて極めて慎重に判断しており、「十分な検討を加えない」ものであり「大きな疑念を抱かざるを得ない」などとする本件談話の批判は、まったくもって失当である。
また、捜査機関による証拠のねつ造についても、再審無罪判決は、当時の公判での立証活動の状況に鑑みて捜査機関の動機の有無を検討し、証拠ねつ造の現実的可能性や、衣類発見直後にもかかわらず公判立会検事による臨機応変かつ迅速な主張・立証活動の連携がなされたこと等、種々の状況証拠を積み重ねたうえで判断したものである。この判断過程について、本件談話が、「何ら具体的な証拠や根拠が示されて」おらず、「推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あ」るとした批判は全く当たらない。
他方、再審無罪判決をして、自白の任意性を否定するにとどまらず「実質的にねつ造されたもの」とまで言わしめた、「肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べ」が行われた実態が、録音テープから客観的に明らかになっているにもかかわらず、本件談話は、このことには一切触れていない。かかる対応からしても、検察庁には、えん罪を生むに至った行き過ぎた捜査対応の問題を自覚し、真摯に向き合う姿勢を感じ取ることはできない。
本件談話は、袴田巖氏の法的地位が「結果として」相当な長期間にわたり「不安定な状況に置かれてしま」ったことについて「所要の検証を行いたい」とも表明している。しかしながら、再審請求段階において、30年にわたり証拠開示を拒み続け、あるいは「不見当」と回答した証拠を後になって開示するといった証拠開示に対する検察官の対応や、検察官の不服申立てにより再審開始の確定が遅延したことなどにより、再審無罪判決確定までに当事者・関係者にとって気の遠くなるような期間を要したことについて、検察庁の責任は極めて大きいと言える。「結果として」などとあたかも自らには何らの責任もないかのように述べる態度は、あまりに不誠実であると言わざるを得ない。
上述したような捜査のあり方や再審請求に対する対応についての検察庁の認識を踏まえると、検察庁が「所要の検証」を行ったとしても、本件により明らかとなった問題を的確にとらえ、二度と同じ問題を起こさないための真摯な取組みが行われるとは期待できない。袴田事件を含む再審事件の長期化に関する検証や検討については、裁判所や弁護士会、学者などの法曹関係者をはじめ、法曹外の有識者や市民も参加したうえでの検証・検討が必要である。
当会としては、本件談話を厳しく批判するとともに、袴田事件における検察庁の捜査・公判対応のあり方、再審請求に対する対応等について、第三者による徹底した検証を求める。また、当会として、改めて再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止などを含む再審法改正の一刻も早い実現を強く求めるものである。
大 阪 弁 護 士 会
会長 大 砂 裕 幸