国際刑事裁判所(ICC)の独立を支持し、その判断及び運営の尊重を求める会長声明
・国際刑事裁判所(ICC)の独立を支持し、その判断及び運営の尊重を求める会長声明
1 国際刑事裁判所の存在意義
国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)は、1998年7月17日に国際連合全権大使会議において採択されたローマ規程に基づきオランダ・ハーグに設立された、国際社会全体の関心事であるもっとも重大な犯罪、すなわち集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪について個人の刑事責任を追及する司法機関である。ICCは、20世紀の二度の世界大戦において、多数の人々が想像を絶する残虐な行為の犠牲者となったことに対し、集団殺害犯罪等は国際社会における最も重大な犯罪であり、処罰されずに済まされてはならないこと等を確認し、これらの犯罪を行った者が処罰を免れる事態を容認することなく、国際正義の永続的な尊重及び実現を保障することを決意し設立された常設の裁判所であり、戦争犯罪等による被害を防ぎ、被害者を救済し、もって国際平和と安全を維持するものであって、その存在意義は極めて重要なものである。
ICCの加盟国は現在125か国に及ぶ。日本は、2007年に加盟し、その加盟以来、ICCに対して、裁判官及び職員の輩出、人材発掘・育成に取り組み、人材面・財政面を含め様々な貢献をしてきた。現在のICC所長は日本人の赤根智子判事である。
2 ICC等に対する制裁の動きとICC の活動に与える影響
2024年11月21日、ICCはパレスチナ自治区ガザにおける戦争犯罪と人道に対する罪に問われたイスラエルの指導者らに対し逮捕状を発行した。
これに対し、米国議会下院は、2025年1月9日、米国あるいはその同盟国の国民が被疑者・被告人としてICCの捜査・起訴の対象とされることを阻止するため、ICCに対する個人・法人等からのあらゆる送金の停止、米国及び同盟国の国民を不当に調査、逮捕、起訴に直接的に関与したICCの関係者に対してその資産凍結や米国への入国禁止・ビザの発給停止などの制裁を課す法案を可決した。その後、同法案は、同月28日、米国議会上院において否決されたが、同年2月6日、上記ICC関係者等の資産凍結、米国への入国禁止、当該ICC関係者等との資金授受の禁止等を内容とする大統領令に米国大統領が署名し、ICC関係者、ひいてはICCへの制裁が可能となった。
ICC及びICC関係者に対するこのような制裁は、ICCの存続を脅かすものであり、最も重大な犯罪に対する処罰を免れ、国際社会の平和と安全の維持を著しく後退させることに繋がるものである。さらにこのような制裁は、戦争犯罪等によって命を落とし、重い傷害を負い、家族を失い、財産や生計の糧及びコミュニティーを失う等の多大な損害を被った多数の幼い子どもたちを含む被害者を置き去りにするものであって、国際社会がICCを創設するに至った歴史、ローマ規程の理念を没却するものである。
3 国際基準である司法の独立の侵害
国際社会は、各国の政府に対し、法の支配と共に司法の独立の尊重を要請してきた。国際司法機関の運営に関して、当該司法機関が直接的にも間接的にも、いかなる制約、不当な影響、誘導、圧力、脅迫又は干渉がなされないこと、司法の独立を尊重することが国際社会における各国政府に求められる基準である。また、法律家として専門的地位に就き、職務に従事する司法関係者が、脅迫、妨害、嫌がらせ、不当な干渉を受けることなくその職責を果たせるようにすべきは司法の独立の大前提であり、職務上の義務や法基準に従って取った行動に対して制裁を受けるべきではないことも国際社会において周知の普遍的基準である。
ICC及びその関係者に対する制裁は、このような国際基準たる司法の独立、法の支配そのものを否定しかねないものであり、看過されてはならない。
4 当会の立場と日本政府への要請
以上を踏まえ、当会は、ICC及びICCにおいて働く法の専門家の独立を尊重擁護すべきであること、法の支配を担う司法機関に対する制約、不当な影響、誘導、圧力、脅迫又は干渉は看過できないことを強く訴えるとともに、改めて国際社会における司法の独立、法の支配の尊重擁護を訴えるものである。
日本政府に対しては、憲法前文に定める国際協調主義に基づき、国際社会における普遍的基準であり、かつ日本国憲法76条に規定される司法権の独立の理念のもと、また、ローマ規程に署名した加盟国として、ICCの独立が脅かされている状況の今こそ、その支持と支援をするよう求める。ICCは、国際正義の永続的な尊重と実現というその使命を全うするため、独立した司法機関としていかなる制約や不当な圧力も受けることなく円滑に運営されなければならない。
当会は、ICCと同様に、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家団体として、国際社会において法の支配を担うICCの独立を強く支持し、支援するため、あらゆる協力を惜しまないことをここに表明する。
大 阪 弁 護 士 会
会長 大 砂 裕 幸