刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
・刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
刑事法廷内で被疑者・被告人(以下、「被告人等」という。)に手錠・腰縄を使用することは、被告人等の自尊心を傷つけ、羞恥心を抱かせるだけでなく、周囲に有罪との印象を与え、被告人等の人格権や無罪推定の権利を侵害するものであり、被告人等の人権にかかわる深刻な問題である。そして、この問題(以下「手錠・腰縄問題」という。)は、我々弁護士自身が長らく見過ごしてきた問題であることを深く自覚し、解消に向けて積極的に取り組む必要がある。
この点、手錠・腰縄問題に取り組むため、2017年(平成29年)4月、当会は全国に先駆けて法廷内手錠腰縄問題に関するプロジェクトチーム(以下、「手錠腰縄PT」という。)を立ち上げ、海外調査、対外的な情報発信、当会会員や市民向け企画、アンケートの実施及び会長声明の発出など、積極的に活動してきた。
同年、大阪地方裁判所に起訴された刑事事件の被告人が原告となり、公判期日において手錠及び腰縄を施された状態で入退廷をさせられたことにより精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求する国家賠償請求事件を提起したが、同事件についての2019年(令和元年)5月27日付大阪地裁判決は、刑事法廷内における入退廷時の被告人に対する手錠・腰縄使用の人権侵害性を指摘する画期的な内容であった。同判決後、手錠・腰縄の不使用を弁護人が裁判所に申し入れると、衝立(パーティション)で被告人等を隠して手錠・腰縄の解錠・施錠を行うという運用が、大阪だけでなく、大津及び和歌山の各地方裁判所でも確認されるようになった。もっとも、現在では、申入れを行っても何らの措置も採られないことが常態化している。
しかし、入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用は、個人の尊厳及び人格権を保障する憲法第13条、品位を傷つける取扱い等を禁止する自由権規約第7条及び第10条第1項並びに拷問等禁止条約第16条第1項、無罪推定の権利を定める憲法第31条並びに自由権規約第10条第2項(a)及び第14条第2項に違反している。また、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利及び公平・公正な裁判を受ける権利を保障する憲法第31条以下及び第37条並びに自由権規約第14条第1項、さらには、国連被拘禁者処遇最低基準規則(いわゆるマンデラ・ルール)にも違反している。
以上から、当会は、裁判官、国及び裁判所に対し、以下の措置を早急に講じることを求める。
1 裁判官は、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対し、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法第287条第1項ただし書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は手錠・腰縄を使用しないこと
2 国は、刑事訴訟法第287条第1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても保障するために、同法に第287条の2を新たに設けるなど、刑事訴訟法を改正する立法措置を行い、入退廷時の被告人等に対しても身体不拘束原則が及ぶことを明記すること
3 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に被告人等に手錠・腰縄を使用しないための施設整備や逃亡を防止するために必要な物的・人的整備を講じること
当会は、これからも全国に率先して、手錠・腰縄不使用申入書を裁判所に提出する活動を推進し、司法事務協議会で手錠・腰縄問題を議題に上げるとともに、国会議員に対しても手錠・腰縄問題を訴えかけるなど、今後も手錠・腰縄問題の解消に積極的に取り組むことを改めて決意するとともに、以上のとおり決議する次第である。
大阪弁護士会
第1 問題の所在(近畿弁護士会連合会アンケート結果を踏まえて)
手錠・腰縄問題について、近畿弁護士会連合会(以下、「近弁連」という。)が2017年(平成29年)に行ったアンケートでは、被告人等の回答者のうち、裁判官に手錠・腰縄姿を見られた感想として、「罪人であると思われていると感じた」が61.5%、「恥ずかしかった」が46.5%であった(複数回答、以下同じ。)。一方、被告人等の手錠・腰縄姿を見た傍聴人の感想としては、「罰せられているように感じた」「罪を犯したのだから当然/仕方がないと思った」が共に23.7%であった。また、被告人等の手錠・腰縄姿を初めて見た弁護士の感想も、「痛ましい気がした」が41.3%、「ショックを受けた」が31.3%であった。
このように、刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄を使用することは、被告人等の自尊心を傷つけ、羞恥心を抱かせるだけでなく、周囲に有罪との印象を与えるものであって、被告人等の人格権や無罪推定の権利を侵害する著しい人権侵害行為であると言わなければならない。
第2 手錠腰縄PTの発足と大阪地裁判決
1 手錠腰縄PTについて
2017年(平成29年)4月、当会は、全国に先駆けて、手錠腰縄PTを立ち上げたが、これは2014年(平成26年)の大阪での事件(被告人が自尊心や無罪推定の権利等の確保を理由に手錠・腰縄姿での入退廷を拒否し、担当弁護人も入廷前に手錠・腰縄の解錠と施錠を裁判所に申入れたが、裁判所がこれを認めなかったため弁護人も出廷を拒否した結果、裁判所が弁護人に対して過料3万円の決定を出したという事件)がきっかけであった。そのため、大阪では、積極的に手錠腰縄問題に取り組み、具体的には、①会内研修会や市民集会の開催、②手錠腰縄問題を考えるリーフレットや動画の作成、③近弁連による韓国やヨーロッパなどへの実情視察への委員派遣、④被疑者・被告人、傍聴者、弁護人へのアンケートの実施、⑤2018年(平成30年)と2019年(令和元年)の2度にわたる会長声明発出、などを行ってきた。
とりわけ、2019年(令和元年)6月4日付の会長声明は、同年5月27日付大阪地裁判決を受けてのものであったが、次に述べるとおり、この大阪地裁判決は、画期的な内容であった。
2 2019年(令和元年)5月27日付大阪地裁判決について
上記大阪地裁判決は、手錠腰縄PT委員が原告弁護団の中心となって、刑事法廷内における入退廷時の被告人に対する手錠・腰縄使用の違憲性・違法性を訴えた国賠訴訟についての確定判決であるが、次のとおり判示して、被告人に対する手錠・腰縄使用の人権侵害性を明確に指摘した。
「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された被告人の姿は、罪人、有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえないものであって、手錠等を施されること自体、通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは、十分に理解されるところである。また、上記のような手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は、自尊心を著しく傷つけられ、耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない。これらのことに加えて確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあることにもかんがみると、個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし、身体拘束を受けている被告人は、上記のとおりみだりに容ぼうや姿態を撮影されない権利を有しているというにとどまらず、手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」
さらに、同判決は、法廷内での被告人等に対する手錠・腰縄使用への対処について、次のような具体的な方策を提示している。
「公判期日が開かれる法廷への入退廷に際して、手錠等を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための具体的な方法について検討すると、現在の我が国の裁判所における法廷施設の状況を前提とするならば、①法廷の被告人出入口の扉のすぐ外で手錠等の着脱を行うこととし、手錠等を施さない状態で被告人を入退廷させる方法、②法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法、③法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法が考えられる。」
同判決を参考に、当会の手錠・腰縄不使用申入書ひな形(当会会員専用サイトに掲載)においても上記①~③の方法を記載しているが、弁護人が裁判所に手錠・腰縄不使用の申入書を提出すると、実際、②及び③の方法が採用されることもあった。
第3 手錠・腰縄使用の現状
1 大阪地裁判決後の状況
上記大阪地裁判決後の2019年(令和元年)6月、大津地裁の刑事裁判で、手錠腰縄PT委員が手錠・腰縄不使用の申入書を提出したところ、おそらく全国で初めて、上記②の法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法(以下、「パーティション方式」という。)が採用された。
その後、手錠腰縄PTが直接確認したところでは、大阪地裁及び和歌山地裁においても、パーティション方式が採用された事例が出てきており、新聞報道によれば、静岡地裁浜松支部でも同様の事例が記事として取り上げられている。
また、大阪地裁判決後は、パーティション方式が採られなくても、上記③の法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法(以下、「時間差方式」という。)が採られた事例や、被告人等の家族や知人に配慮する事例も報告されるようになった。
2 現在の状況
上記のとおり、大阪地裁判決後は、以前と異なり、弁護人が手錠・腰縄不使用の申入書を提出すると、裁判所は何らかの対応を取るようになったが、ここ数年は、同申入書を提出しても、何らの対応を取らないことも多くなっている。わずかに、連続開廷ではない勾留理由開示公判において時間差方式が取られる程度であり、パーティション方式が取られたとの報告は全くあがってきていない。
平成5年7月19日付「刑事法廷における戒具の使用について(通知)」において、最高裁は、当初、傍聴人に手錠・腰縄姿がさらされることを問題として捉えた上で、「被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口(法廷外)の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化させること」を法務省矯正局に打診したと記載されている。このことから、最高裁は、法廷(外)での解錠又は施錠が被告人の人権尊重に適うと考えた上、裁判官の訴訟指揮権なり法廷警察権の行使によって、解決可能と考えていたことがうかがわれる。最高裁が当初打診した方法であれば、裁判官が手錠・腰縄を目にすることの問題性は意識されていなかったとはいえ、結果的に、被告人等は、裁判官を含めた訴訟関係人及び傍聴人をはじめとした誰の目にも手錠・腰縄姿をさらされないことになる。この運用は、上記大阪地裁判決の①の方法によるものであるが、同判決後、この方法が採用されたとの報告は一切ない。
近時、大阪地裁においては、弁護人が手錠・腰縄不使用の申入書を提出したにもかかわらず、被告人が車いすを使用している事案や、暴力団対策で傍聴人と被告人法廷との間を高さ180cmほどある透明アクリル板で全面的に仕切り、拘置所職員4名を被告人に付けて法廷を施錠した事案においても、手錠・腰縄を使用して被告人を入退廷させたことが報告されている。
たしかに、手錠・腰縄不使用の申入書を提出する弁護士自体の数も、それほど多くはないのが実情であるが、手錠・腰縄問題が解消しないのは、裁判官が過剰に逃亡のおそれを警戒していることも大きな要因である。
このような実情を打破するためには、私たち弁護士が、今まで以上に手錠・腰縄問題に積極的に取り組み、裁判官の意識を変え、被告人等の手錠・腰縄使用に対して、何らかの措置をするように促していかなければならない。
第4 刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用の憲法及び国際人権法上の問題点
1 個人の尊厳及び人格権侵害
憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定し、自由権規約は「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」(第7条)、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。」(第10条第1項)と規定している。さらに、拷問等禁止条約第16条第1項は、「品位を傷つける取扱い」を禁止している。
刑事法廷内における入退廷時に手錠・腰縄を使用することはそれ自体、被告人等の自尊心を傷つけるのみならず、被告人等に対して屈辱感、羞恥心及び無力感等を与え、肉体的にも精神的にも服従を強いることとなる。また、被告人等の手錠・腰縄姿は、被告人等が罪人であることを周囲の者に想起させる(上記近弁連アンケート結果参照)。したがって、手錠・腰縄の使用は、被告人等の人格権を侵害する上、傍聴人などその姿を見る者に罪人であると思わせるような外観を作出することから、「品位を傷つける取扱い」であり、個人の尊厳及び人格権を侵害している。
以上のとおり、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、憲法第13条、自由権規約第7条及び第10条第1項、拷問禁止条約第16条第1項に反している。
2 無罪推定の権利侵害
有罪判決を受けるまでは、無罪として取り扱われる権利(無罪推定の権利)については、憲法第31条から解釈上導かれる上、自由権規約第10条第2項(a)が「被告人は、例外的な事情がある場合を除くほか有罪の判決を受けた者とは分離されるものとし、有罪の判決を受けていない者としての地位に相応する別個の取扱いを受ける。」と規定するとともに、同第14条第2項が「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と明記している。
被告人等を手錠・腰縄姿のまま、これから審理を受ける場である法廷に出廷させることは、公平・公正であるべき法廷において、被告人等をあたかも罪人であるかのように取り扱っているような外観を生じさせるため、無罪推定の権利を侵害する。この点、自由権規約委員会の一般的意見32(自由権規約第14条の解釈指針)においても、「被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはならない。」と指摘されているところである。
したがって、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、無罪推定の権利を定める憲法第31条、自由権規約第10条第2項(a)及び第14条第2項に違反している。
3 防御権、対等当事者としての権利及び公平・公正な裁判を受ける権利侵害
被告人等は、憲法第31条以下の規定からして、刑事裁判の一方当事者として防御権が保障され、検察官と対等な立場で裁判に臨む権利を有している上、自由権規約第14条第1項も「すべての者は、裁判所の前に平等とする。」と規定している。
ところが、被告人等と検察官は、対等当事者であるにもかかわらず、被告人等のみが手錠・腰縄で身体を拘束された状態で入退廷を強いられること自体、公平な取扱いであるとは言えず、公判に臨もうとする被告人等に対する心理的な抑圧となる点において、被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、被告人等の防御権を侵害する。
さらに、裁判の判断権者である裁判官の眼前で手錠・腰縄を使用されることもまた、被告人等に劣等感や羞恥心を抱かせ、対等当事者としての被告人等の地位が脅かされることとなる(現に、上記近弁連アンケートでは、裁判官に見られたことで「言いたいことがいえなくなる」「言うのをあきらめた」などの回答があったところである。)。しかも、被告人等からすれば、判決をする裁判官が手錠・腰縄の解錠や施錠を指示する主体でもある。裁判において公正な判断が行われることを期待している被告人等にとって、あたかも有罪であるかのような手錠・腰縄姿を裁判官に見られて予断や偏見を持たれるのではないかとの不安を感じるという状況自体が問題であり、公平・公正な裁判の実現のためには、かかるおそれを除去する必要がある。この点、憲法第37条第1項は、「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定し、上記自由権規約第14条第1項も「すべての者は、裁判所の前に平等とする。」と規定しているところである。
以上から、刑事法廷内において入退廷時に被告人等に対して手錠・腰縄を使用することは、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利及び公平・公正な裁判を受ける権利を侵害していると言え、憲法第31条以下、第37条及び自由権規約第14条第1項に違反している。
4 国連被拘禁者処遇最低基準規則(いわゆるマンデラ・ルール)違反
マンデラ・ルールは、様々な法制度、法文化が存在する中でも、各国が守るべき被拘禁者処遇の最低基準を示した国際連合決議であり、同ルールは、国連総会において、日本も含めた満場一致で採決されている。
同ルールでは、拘束具の使用可能な場面は、①司法ないし行政当局に出頭する場合には外されるという条件の下、移送時の逃走に対する予防措置として、②自己若しくは他人を傷つけ、又は財産に損害を与えることを防止するために、他の制御方法が役に立たない場合に、施設の長の命令によってなされる場合(規則第47条第2項)の2つの場合に限定されている。そして、上記2つの場合に該当して拘束具を使用できる場合であっても、「より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ」、「必要かつ合理的に利用可能な最も侵襲性の低い形態」の拘束具のみが、「必要な時間のみに用いられ、かつ、…危険がもはや存在しなくなった後にはできる限り速やかに取り外され」なければならないとの条件の下、使用が認められる(規則第48条第1項)。
このマンデラ・ルールからすれば、日本での刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄使用は、同ルールの厳格な拘束具の使用基準に違反している。
5 小括
以上のとおり、刑事法廷内において入退廷時に被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することは、憲法及び国際人権法に違反し、さらに国際基準であるマンデラ・ルールにも反している。
第5 裁判所における逃亡等の実情
日本弁護士連合会の照会に対する最高裁判所の回答によれば、2018年(平成30年)度から2023年(令和5年)度にかけての刑事法廷内での被告人の逃走、自傷、他害(暴行)及び器物損壊事案の発生件数は次のとおりである。
2018年(平成30年)度(10件)
他害(暴行)6件、器物損壊4件
2019年(令和元年)度(6件)
他害(暴行)2件、器物損壊1件、逃走1件
自傷1件、他害(暴行)・器物損壊1件
2020年度(令和2年)(2件)
他害(暴行)2件
2021年(令和3年)度(4件)
他害(暴行)4件
2022年(令和4年)度(2件)
他害(暴行)1件、他害(暴行)・器物損壊1件
2023年(令和5年)度(5件)
他害(暴行)2件、器物損壊3件
もっとも、上記の件数は、在宅事案や保釈事案も含んでおり、すべてが手錠・腰縄が使用されていた事案というわけではない。また、上記回答では、事案の発生時期に関し「入廷後開廷前」、「開廷中」、「閉廷後退廷前」の区別が記載されているが、「開廷中」以外の事案については、発生時に手錠・腰縄が使用されていたか否かも明らかではない。
それを措いても、上記回答での逃走事案はわずか1件のみであり、当該事案についても職員等が被告人を取り押さえており、実際に逃走したわけではない。
このように、全国において年間で膨大な数の勾留事案の裁判が開かれているにもかかわらず、公判廷で問題が起きた事案はごくわずかに過ぎない。
第6 結論
裁判官は、本来、被告人等の人権を侵害しないよう適切に法廷警察権を行使しなければならない。にもかかわらず、入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用して、その人格権等の基本的人権を著しく侵害している。
したがって、裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、法廷警察権を適切に行使して、入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめなければならない。
しかしながら、裁判官は、広範な裁量権を理由に、漫然と一律に被告人等に対して手錠・腰縄を使用するという誤った運用を続けているのが実情である。裁判官が、被告人等に対する著しい人権侵害をなくすことに努力も配慮もしない以上、被告人等に対する入退廷時の手錠・腰縄使用については、裁判官の裁量に任せるのではなく、立法でもって新たに明文を設けるべきである。具体的には、「公判廷」における身体不拘束原則を明記した刑訴法第287条の後に第287条の2を新設して、「被告人の入退廷時においても前条の例による。」と規定すれば、第287条第1項及び第2項が入退廷時の被告人等にも適用されることになる。
また、被告人等の逃走防止等が重要であるとしても、問題が発生した事案は全国の事件全体の割合から見れば、極めて少ないと言える。仮に、手錠・腰縄の使用を止めることによって逃走防止等に弊害が発生するというのであれば、例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室やスペース等を設置したり、逃亡防止のための法廷内の警備人員を増やすなどの施設整備や人的整備が講じられる必要がある。上記のような立法及び物的・人的整備は、いわゆる刑事被収容者処遇法成立の際の「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に配慮しつつ、…捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること」(参議院附帯決議第十一項)との附帯決議にも沿うものであるから、早急に実施されるべきである。人権保障のために、必要な予算措置が採られなければならないのは当然である。
上記の内容は、2024年(令和6年)10月4日に採択された日本弁護士連合会(以下、「日弁連」という。)の人権擁護大会決議の内容にも沿うものである。
第7 最後に
これまでに述べてきたとおり、当会は、全国に先駆けて手錠腰縄PTを立ち上げ、積極的に活動してきた。2018年(平成30年)9月28日付及び2019年(令和元年)6月4日付で手錠・腰縄問題に関する会長声明も発出している。
また、2017年(平成29年)12月1日、近弁連大会において、「刑事法廷内における入退廷時に被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」も行っているところである。
さらに、2024年(令和6年)10月4日には、日弁連人権擁護大会において、「刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議」も行っている。
私たちは、早急に手錠・腰縄問題を解決するべく、これまで以上に手錠・腰縄問題に対して積極的に取り組み、この問題が解決するまで不断の努力を惜しまず、改めて被告人等の基本的人権の擁護に努めることをここに決意し、本決議を行う次第である。
2025年3月11日臨時総会決議