「福井女子中学生殺人事件」の再審無罪判決を受けて、改めて議員立法による再審法の速やかな改正を求める会長声明

「福井女子中学生殺人事件」の再審無罪判決を受けて、改めて議員立法による再審法の速やかな改正を求める会長声明

 本日、名古屋高等裁判所金沢支部(増田啓祐裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏に対し、再審無罪判決(検察官控訴に対する棄却判決)を言い渡した。

1 本件は、1986年(昭和61年)3月19日午後9時40分ころ、福井市内のアパートで、女子中学生(当時15歳)が殺害された事件である。事件発生から、約1年後の1987年(昭和62年)3月29日、前川氏は、犯人として逮捕されたが、その後、捜査公判を通じて、一貫して犯行を否認し、現在に至るまで、無実を訴え続けている。

2 本件は、前川氏の犯行を直接裏付ける物証が皆無で、複数関係者らの供述をもとに起訴されたが、確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、1990年(平成2年)9月26日、無罪判決を言い渡した。ところが、確定審控訴審(名古屋高裁金沢支部)は、控訴審でもさらに変遷した関係者らの供述が「大筋で一致」するなどとして、その信用性を認め、1995年(平成7年)2月9日、有罪判決を言い渡し、この有罪判決が、最高裁で確定した。

3 前川氏は、2004年(平成16年)7月15日、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高裁金沢支部)においては、関係者らの供述調書の一部など95点の証拠が開示された結果、関係者らの供述の変遷がより一層明確になり、2011年(平成23年)11月30日、かかる供述の信用性が否定され、再審開始決定がなされた。ところが、再審異議審(名古屋高裁)は、新証拠は、いずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして、再審開始決定を取り消し、この判断は、特別抗告審でも維持された。

4 2022年(令和4年)10月14日、前川氏は、第2次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高裁金沢支部)では、裁判所の積極的な訴訟指揮もあり、警察保管の捜査報告メモなどを含む287点もの証拠が開示され、確定第一審と、確定控訴審とで供述を変遷させた関係者等の証人尋問も実現した。その結果、2024年(令和6年)10月23日、名古屋高裁金沢支部は、検察官から開示された証拠や、尋問結果等の新証拠について明白性を認め、新旧証拠の総合評価を行ったうえ、関係者の一人が、自己の利益を図るために前川氏を犯人とする虚偽供述を行い、捜査機関が他の関係者に誘導等の不当な働きかけを行って関係者らの供述が形成されていったという具体的かつ合理的な疑いがあるとして、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始決定がなされた。その後、検察官が異議申立てを断念したことから、この再審開始決定が確定した。

5 こうして、本年3月6日、名古屋高等裁判所金沢支部にて、第1回再審公判が開かれ、証拠の取調べがなされたものの、再審請求審において提出された証拠以外の新たな証拠の請求はなく、即日結審した。にもかかわらず、検察官がなお前川氏は有罪であるとの主張を維持したことに注意が払われねばならない。
 本日の判決は、関係者供述の信用性を否定し、前川氏に対する確定審第一審の無罪判決を改めて支持した。本判決は、確定審段階からすでに指摘されていた、関係者供述への疑念を受け止め、これを一層明らかとするものであり、当会は本判決を高く評価する。
 他方で、確定審以来、証拠開示について消極的な姿勢に終始し、事案の解明や、えん罪被害の救済を阻んできた検察官は、再審開始決定に対する異議申立てを断念したにも関わらず、再審公判においても、前川氏が有罪であるとの主張を維持した。このような検察の態度は、再審開始決定の指摘する捜査の問題点にも耳を貸すことなく、徒に従前の主張に固執しているといわざるを得ず、公益の代表者としてあるまじき不誠実なものというほかない。この点について、真摯な反省を求めるとともに、本判決に対する上訴権を速やかに放棄し、無罪判決を確定させるよう強く求める。

6 本件においては、再審請求審における裁判所の積極的な訴訟指揮や、証拠開示がいかに重要であるかについて再認識されたといえる。加えて、前川氏が、第1次再審請求の請求審において、一度再審開始決定がなされたにもかかわらず、それから10年以上経過してもなお再審公判を受けることができなかった点については、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることの弊害が表れているといわざるを得ない。
 以上からすれば、①再審請求手続における証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止及び③再審請求審における手続規定の整備を含む再審法改正の速やかな実現が必要といえる。
 この間、全国の地方議会では、再審法改正を求める意見書採択が相次ぎ(本年7月10日現在、728議会で採択)、本年6月18日には、野党6党(立憲民主党、国民民主党、れいわ新撰組、共産党、社民党、参政党)が、再審制度の早期見直しを求める超党派の国会議員連盟(本年7月10日現在、388人の国会議員が参加)がまとめた上記①から③を含む再審法改正法案(刑事訴訟法の一部改正案)を衆議院に提出した。同法案は本年6月20日、衆議院法務委員会で継続審議となり、秋の臨時国会で審理されることになっている。
 他方で、現在法制審議会において、これらの点に関しても、改めて論点として議論することが検討されている。
 しかしながら、本件の経過から、上記①から③の点についての法改正が急務であることが改めて明確となり、その法案がすでに衆議院に提出され、継続審議となっているのであるから、少なくともこれらの点について、法制審議会で議論する必要はなく、一刻の猶予も許されないというべきである。そこで、当会としては、上記①から③の点について法制審議会において改めて議論するのではなく、秋の臨時国会において、これらを含む上記議員立法が速やかに審議・可決されることを強く期待するものである。

7 以上より、当会は、検察官に対し、本判決に対する上訴権を放棄し、速やかに無罪判決を確定させることを求める。
 なお、本件における上記複数関係者の供述の変遷は、従前より、利益誘導や、迎合を招く不適切な取調べが行われたことによるものと指摘されている。ところが、検察官は再審公判でなお前川氏の有罪を主張し続けたのであり、このことは、警察及び検察に、有罪判決に固執するあまりに事実及び証拠を歪曲する体質が未だに根深く残っていることを改めて浮き彫りしたものといえる。
 そこで、当会は、福井女子中学生殺人事件の無罪判決を受けて、改めて議員立法による再審法の速やかな改正をめざすとともに、今後一切の冤罪を防止するため、取調べ全件の可視化及び弁護人立会いの法制度化のために、全力を尽くしていく決意である。

2025年(令和7年)7月18日
          大 阪 弁 護 士 会      
          会長 森 本  宏

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