第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化についての意見書

第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化についての意見書

2014年(平成26年)11月6日


大阪弁護士会
会長 石 田 法 子


第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化についての意見書


本意見書の提言
1 第三者の関わる生殖医療技術を利用するにあたっては,下記の視点によらなければならない。
  ①生殖医療技術の利用をするに際しては,それにより生まれた子どもの権利・利益を中心かつ最優先に考え,その視点から許容範囲や許容要件,子どもの権利利益を確保し支援する諸制度を定め,早急に法制化をすべきである。
  ②生殖医療技術の利用は,極めて慎重な判断と手続きの下になされるべきであり,これに加えて家庭裁判所の承認を要件とすべきである。
  ③生殖医療技術を利用する場合の,精子・卵子の提供者,親,生まれた子どもなど,関係者に対する長期的かつ多面的な支援体制が整えられるべきである。
  ④生殖医療技術の利用の是非も含め,不断の検証を継続すべきである。
  ⑤第三者の関わる生殖医療技術の濫用の防止のため,精子・卵子の提供及びあっせんは無償でなされるべきである。(詳細は本意見書第2項参照)
2 第三者の関わる生殖医療技術は,法律婚及び事実婚の夫婦が第三者による精子提供・卵子提供を利用する場合のみを許容すべきであって,胚提供,死後生殖,代理懐胎,未婚の単身の男女への提供は全面的に禁止すべきである。(詳細は本意見書第3項参照)
3 分娩をした者を母とし,精子提供に同意した利用者を父とすべきであって,その場合提供者との間では親子関係は生じないとすべきである。(詳細は本意見書第4項参照)
4 生殖医療技術によって生まれた子どもの出自を知る権利を法制化すべきである。その際かかる権利の前提として第三者による精子提供・卵子提供によって生まれたことの告知を受ける機会が担保されるべきである。出自を知る権利に必要な情報が担保されるべきであるとともに,告知や出自を知る権利の行使を支援する体制を法制化すべきである。(詳細は本意見書第5項参照)
5 本意見書で許容する第三者による精子・卵子の提供時には,利用者に対しては,①医師による説明を経たインフォームド・コンセント,②心理面のカウンセリング,③法律専門家等からの法律関係に関する説明,④第三者の関わる生殖医療技術を利用することの利用者夫婦の書面による同意,⑤家庭裁判所の承認を要するとすべきである。
  また,提供者についても,①提供による自己の配偶者や実子に対する影響,出生した子どもの出自を知る権利,提供における身体的侵襲・副作用等の説明を受けたうえでの,②第三者提供することに対する書面による同意を要するとすべきである。(詳細は本意見書第6項参照)
6 第三者の関わる生殖医療技術により,子どもが出生した後は,①子ども及び利用者たる両親に対して告知の事前・事後に支援すること,②子どもに対して出自を知る権利の行使の事前・事後に支援すること,及び子どもの出自を知る権利の行使に際し利用者たる両親に対して支援すること,③子どもが出自を知る権利を行使した場合の提供者に対する支援や調整をすること,並びに④これらの支援のための総合的支援体制を構築することが必要である。(詳細は本意見書第7項参照)
7 組織関係として,①第三者の関わる生殖医療技術は,一定の基準を充足した認可をうけた医療施設でのみ実施できるとすべきである。②第三者提供における提供者等の情報は,公的管理機関を設立し,一括して無期限に管理すべきである。③第三者の関わる生殖医療技術の利用にあたり,第三者提供から子どもの出生を経て,告知や出自を知る権利の行使にわたり,利用者,子ども,提供者を継続的に支援する公的支援機関を設置すべきである。④精子・卵子の提供者のあっせんをする場合には,人身売買などを避けるため,公的機関が提供者の情報を管理し,あっせんすべきである。(詳細は本意見書第8項参照)
8 第三者の関わる生殖医療技術やそれを利用して生まれた子どもを広く受け入れる社会の形成のために,国や地方公共団体その他の公共団体が啓発活動に取り組むべきである。(詳細は本意見書第9項参照)
9 第三者の関わる生殖医療技術の法制化にあわせて,周辺領域である養子法(特に特別養子縁組)についても,養子への真実告知等を支援する公的機関の設置等養子法の改正も検討すべきである。(詳細は本意見書第10項参照)

第1 本意見書作成の経緯
 我が国においては1949年(昭和24年)に初めて非配偶者間人工授精が行われたとの発表がなされ,1983年(昭和58年)に体外受精が行われ,1998年(平成10年)には非配偶者間体外受精が,2001年(平成13年)には代理懐胎が,そして2008年(平成20年)には提供された卵子で体外受精が行われ,かつ61歳の女性が代理懐胎・出産を行った。このように臨床事例が先行する中,1983年(昭和58年)には日本産科婦人科学会が「体外受精・胚移植に関する見解」を公表し,2003年(平成15年)には,厚生科学審議会生殖補助医療部会の報告書及び法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会による民法の特例による中間試案が,それぞれ発表された。さらに2008年(平成20年)には,日本学術会議が意見発表を行った。
 また,裁判例においても最高裁は2006年(平成18年),生前に保存されていた精子を利用して死後懐胎子と死亡した遺伝上の父との間には法律上の父子関係は認められないとし,翌2007年(平成19年)には代理懐胎について子の母は懐胎・出産した女性であり,卵子を提供していたとしても懐胎・出産していない女性との間には母子関係は認められないとし,さらに2014年(平成26年)にはDNA鑑定によって科学的に生物学上の親子関係が認められないとしてもそれだけで嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないと判断した。これらのいずれの事例においても立法によって解決が図られるべきであることが言及されている。
 しかるに,現在においても立法化はなされず,また国民的議論が活性化されているとは言えない状況である。それはとりもなおさず,この問題が深く人間の尊厳にかかわるものであり,また,家族・親子という人にとって根源的な問題を直接に含むものであるからだと思われる。しかし,生殖医療技術は日進月歩であり,子どもを欲しいと望む夫婦の要望に応える形で新たな態様の臨床例が増え続けている状況である。
 ここにおいて自由民主党 生殖補助医療に関するプロジェクトチーム(座長:古川俊治参議院議員)によってまとめられた法律案の概要が公開され,今秋の国会に議員立法として提出されようとしている。日弁連は,2014年(平成26年)4月17日に「第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化についての提言」を取りまとめ,同月18日に,自民党生殖補助医療に関するプロジェクトチーム座長へ提出した。当会においても日弁連の上記提言に呼応すべく,医療技術サイドによってリードされる立法化について危惧を持ち,本意見書を提言するものである。
そこで,本意見書は,生殖医療技術に関する議論のこれまでの経緯などは,日弁連の上記提言に譲り,上記提言に更に付加する形で,第三者の関わる生殖医療技術を利用して誕生した子どもの立場から親子とは何かを考え,意見を述べる。それは,夫婦の子どもとして,愛情を持って自ら子どもを育てる意思と責任を有する法律婚又は事実婚の夫婦をもって親とし,生物学上(遺伝上)の父又は母との間には親子関係が生ずることはない,ということを基本に置くものである。なお,第三者の関わる生殖医療技術を利用しない夫婦間の生殖医療技術の利用のケースは,本意見書の対象外である。


第2 本意見書の視点

第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化を考えるにあたっての重要な視点は,次の6点である。
1 子どもの権利・利益を中心かつ最優先に考え法制化をすべきこと
これまでの第三者の関わる生殖医療技術に関する議論は,その利用を希望する親と,施術にあたる医師の論理と意向が優先されてきた傾向があるが,当該医療技術によって生まれてきた子どもの声は,十分に反映されてこなかった。近時,特に第三者の精子提供により生をうけた子どもが,一部ではあるが,声を上げ始めている。
 そもそも,当該医療技術の利用により,最も影響を受けるのは,生まれてきた子どもであるのに,その子ども自身は,当該生殖医療技術の利用の当時は,出生しておらず,何らの主体的判断も意見表明もできないため,自己の出生の経緯を受け入れざるを得ない状況にある。
 そして,不妊治療によって子を授かることができない場合に,第三者の関わる生殖医療技術の利用者となる親においても,子どもの養育を通して子どもが幸福になることを目的としているはずである。
 とすれば,第三者の関わる生殖医療技術を巡る問題の法制化にあたっては,生まれてくる子どもの心情や立場を深く考え,その独立した人格の尊厳を確保するため,子どもの権利・利益と自由,幸福と福祉の実現を中心かつ最優先に考えるべきであり,そのうえで関係者の権利・利益が確保され,また利用者・関係者に責任も課されるとすべきである。
 その際,最も利害関係を有する当事者である子ども自身の声を聴き,その意向を十分反映させる必要がある。

2 関係者の権利擁護のため早急な法整備が必要であること

 生殖医療技術によって生まれた子どもは第三者の精子提供による出生者に限っても既に1万人を超えるといわれるにもかかわらず,これまでなんら法整備がなされていない。医療技術の進歩に伴って利用の事実のみが先行しており,医療関係者による自主規制もあるものの,全ての実施例に自主規制が機能しているわけではない。
 そのため,第三者の関わる生殖医療技術が利用された場合には,出生した子どもの法的親子関係が明確とはいえないことはもとより,生殖医療技術の実施の要件・手続や,実施の結果生じる事象に対する法的規制についても,現状では何らの法整備も行われていない。
 特に,遺伝的・血縁的出自にかかわる情報の保全その他の制度構築等も手当てがないため,出自を知る権利が実質的には保障されておらず,その人格の尊厳が現実に脅かされている状況にある。近時は,重大な倫理的論点に関する議論が不十分なままに実施例が先行し,さまざまな問題を引き起こしている例もみられる。
 かかる現状を放置しては,子どもの出自を知る権利が侵害された状態となり,生まれてきた子どもが自己の出自を巡る社会的倫理的葛藤に否応なくさらされる外,近親婚の可能性が増加したり,医療技術を受けた関係者の身体に被害が生じたりするといった,重大な人権侵害が生じる危険が大きい。
 ゆえに,①現に第三者の関わる生殖医療技術によって生まれ,生活している子どもの権利を擁護し,②親子関係をはじめとするその法的地位を安定させ,③生殖医療技術の濫用を防止し,④それによる関係者の健康被害その他の人権侵害を防止し,もって関係者の権利を擁護することを明確な目的として,第三者の関わる生殖医療技術の利用に関して,国内で行われる生殖医療技術の実施にあたっての要件・手続,実施の結果生じる事象に関する法的規制等,早急な法整備が必要であると考える。

3 慎重な判断(要件)と手続きの下になされるべきであること
 第三者の関わる生殖医療技術の利用は,慎重な判断と手続きの下で行われるべきである。第三者の関わる生殖医療技術を利用した場合には,子どもに複雑な血縁関係・親子関係を生じさせる。また,「人為的に生まれてくる」ことへの子ども自身の深刻な違和感が当事者である子ども自身から表明されていることなどからも明らかなとおり,出生してくる子どもの人生に極めて重大な影響を長期間にわたって与えることになる。
 この点は,血縁のない子どもとの親子関係の形成・養育という意味で,養子縁組や里親制度との類似性が指摘できる。養子や里親による子どもの養育については,その子どもの心身の健全な成長と,それを可能にする家庭環境の確保において,さまざまに配慮・克服すべき課題があることが臨床的に報告されており,第三者の関わる生殖医療技術の場合にも同様の課題がやや異なった形で生じることが予想される。
 それゆえ,生まれてくる子どもをはじめとする関係者の権利を擁護するためには,①当該医療技術とそれを利用した結果生じるさまざまな問題について,関係者が多角的で正確かつ深い知識と理解を深める必要があるとともに,②上記の目的を達成するための厳格な利用条件と利用審査手続を設定すべきであり,③当該医療技術の利用決定前から子どもの出生及び出生後の成長に至る過程において,関係者と子どもに対して,長期的かつ多面的な支援が必要である。
 さらには,第三者の関わる生殖医療技術の利用による子どもの出生と養育には極めて多くの配慮が必要と考えられることから,これを利用するか否かの判断過程に家庭裁判所をはじめとする公的機関を後見的に関与させるべきであり,実体的及び手続的要件においても,慎重のうえにも慎重を期さなければならない。
 第三者の関わる生殖医療技術の利用について法制化をするとしても,その利用を単に促進するためのものではなく,生まれてくる子どもを中心とした関係者の権利擁護の観点から,極めて慎重な判断と手続きを要するとすることはもとより,それに加えて家庭裁判所の承認を要件とすることが明確にされるべきである。

4 関係者に対する多角的・統合的・長期的・継続的な支援体制が整えられるべきこと
 およそ子どもが健康的な環境の中で心身ともに健全に発達するためには,親となる夫婦が精神的・経済的・社会的に安定していること,子どもに対して親として真実の愛情と責任をもって真摯に対応することが極めて重要である。また,それを支援・推進する社会体制の構築も必要である。この必要性は,自然懐胎による親子関係であると,生殖医療技術による親子関係であると,養子による親子関係であることを問わない。これらは,子どもの養育に関わる児童心理,社会心理の専門家,家庭裁判所調査官経験者等の臨床的報告からも明らかである。
 しかしながら,第三者の関わる生殖医療技術による子どもの懐胎・出産は,子どもの心身共に健全な成長と,それを可能にする家庭環境の確保において,養子と同様,あるいはそれ以上の激しい葛藤や困難な課題をかかえる可能性が高いことから,こうした点について,特に十分なサポートがなされるべきである。
 それゆえ,生まれてくる子どもの幸福と,その子どもを迎える家族の幸福をともに実現するという究極の目的を達成するためには,第三者の関わる生殖医療技術の利用においては,上記3のとおり許される要件と手続きを厳格に規定するべきであることはもとより,生まれてきた子どもの養育環境を整えるため,第三者による精子提供又は卵子提供の時点から子どもの出生の後,第三者提供によることの告知を経て,出自を知る権利の行使まで,長期的かつ多面的な支援体制を,構築・充実させることが必要であると考える。

5 生殖医療技術の利用の是非も含め,不断の検証を継続すべきこと
 第三者の関わる生殖医療技術の利用の是非について,近時は,その当事者である子どもの声が,その数はまだ少数ではあるものの,ようやく公にされつつあり,議論の対象となっている。
 また,当該医療技術の利用の結果,関係者の精神・身体の健康にどのような影響があるか,十分な調査と検証がなされているとは言い難い。
 そもそも,生殖医療技術自体に対しては,「生命の神秘における侵してはならない領域への侵襲ではないか」として,慎重な対処を求める声も少なからずある。
 かかる状況を踏まえると,第三者の関わる生殖医療技術を巡る問題について,国民的理解や議論もいまだ深まっているとは言えず,国民的なコンセンサスも得られているか,それがどこまであるかは,依然問題であるといえる。
 また,第三者の関わる生殖医療記述に関する立法には,利用者と出生した子どもの法的親子関係を伴うものであり,将来の家族の在り方に関わるところであって,家族法改正の範囲ともいえるものの,こうした点の検討は必ずしも十分とは言えない。
 そのため,今次検討されている法制化は,十分な国民的議論と広範なコンセンサスに基づくものというより,あくまで現在発生し,今後発生する蓋然性が高い人権侵害を防止するための緊急の必要性のゆえの立法であって,当該医療技術の利用を安易に促進することを目的とするものであってはならない。
 したがって,今次の法制化をしたとしても,第三者の関わる生殖医療技術の問題についてすべてが解決できるのではないから,法制化後も,生殖医療技術の利用そのものの是非や我が国における将来の家族の在り方も含め,多角的観点から不断の検証を継続する必要があるというべきである。

6 有償による精子・卵子の提供及びその斡旋の禁止
 第三者の関わる生殖医療技術は適正に利用されることが必要であり,人身売買等に不正に利用されたり,濫用されたりすることは,何としても避けなければならない。
 親族に精子又は卵子の提供者としての適任者がいない場合にも,精子提供又は卵子提供による第三者の関わる生殖医療技術を利用したい利用者にとって適切な方法により精子又は卵子の提供を確保するとともに,提供者の権利・利益を侵害しないためには,精子又は卵子の提供及びそのあっせんを有償で行うことは禁止されるべきであり,いずれも無償とすべきである。


第3 法制化において許容される生殖医療技術の範囲
1 許容される生殖医療の範囲

 第三者の関わる生殖医療技術のうち,現時点で許容されるのは第三者による精子提供又は卵子提供に限定されるべきである。そして,提供を受けることができる利用者は,法律婚の夫婦及び事実婚の夫婦(婚姻の意思や社会的実体はあるが,婚姻届のなされていない夫婦)とすべきである(なお,「第三者」とは,利用者たる法律婚および事実婚の夫婦以外の者であり,夫婦の兄弟姉妹や父母は第三者である)。婚姻前の単身の男女には生殖医療技術を用いて子どもをもうけるまでの必要性があるとはいえず,独身の男性又は女性を被提供者とする精子提供又は卵子提供を認めることは慎重に考えるべきである。
 なお,同性の事実婚のパートナーを利用者とする精子ないし卵子の第三者提供についても,現時点では,出生した子どもに対する影響や,同性婚についての法整備の状況に鑑み,時期尚早と考える。

2 胚提供の禁止
 卵子及び精子の双方を第三者が提供する「胚提供」については,夫婦どちらとも血縁関係がない子どもをもうけるものであり,出生した子どもへの精神的影響をはじめとする影響があまりにも大きいことから認めるべきではない。

3 死後生殖の禁止
 また,第三者提供ではないが,法律婚及び事実婚の夫婦の一方が提供し凍結していた精子又は卵子を,提供者の死後に至って用いる生殖医療については,父母の一方をもたないことが確定された子どもを出生させることになり,子どもが父母によって養育される権利(子どもの権利に関する条約第7条第1項)を害するもので認めるべきではない。

4 代理懐胎の禁止
 最後に,代理懐胎については,現在の判例上も,分娩の事実をもって母子関係が生じるものとされており,分娩する者と養育する者が当初から異なることが予定されている代理懐胎は,母子関係にねじれを生じさせるものである。
 また,代理懐胎の場合は,代理出産する女性の母体に負担をかけ,卵子提供を遥かに超える身体的侵襲を負わせるものであるし,代理懐胎が子どもに及ぼす医学的な影響も不明である。
 更に,代理懐胎する女性と養育する女性との間に生じる争いや葛藤が,これに巻き込まれる子どもの健全な成長を阻害する可能性がある。
 実際,代理懐胎をめぐっては,出生した子どもを代理母が手放さない場合がある一方,出生した子どもに障がいがあり,子どもの引き取りを拒否する場合もあるなど,出生した子どもの福祉を害する状況が生じている。
 したがって,生まれつき子どもを産めない場合とか,疾病により卵巣や子宮を摘出した女性を妻とする夫婦の場合など一定の場合に,代理懐胎の必要性があったとしても,現時点において代理懐胎を認めることは時期尚早であって,全面的に禁止すべきである。


第4  出生した子の法的地位 -子どもと利用者の親子関係
1 問題の所在

 第三者の関わる生殖医療技術を利用する場合のうち,本意見書で許容するのは第三者による精子提供又は卵子提供の場合のみであるから,以下は,「第三者の関わる生殖医療技術」と表記するものの,それは第三者による精子提供又は卵子提供に関するものとして,本意見書の論を進める。
 第三者の関わる生殖医療技術が利用される場合には,親子関係が利用者と提供者のいずれに生じるのかについて,出生した子どもの法的地位が不安定になるとの問題がある。
 即ち,精子又は卵子の第三者提供の場合は,利用者たる父又は母との遺伝的つながりがないこととなるから,これら利用者との法的な親子関係が問題となる。同時に提供者との間には遺伝的なつながりが生じることとなるから,提供者との法的な親子関係も問題となる。
 かかる問題点については,利用者又は提供者と子どもとの間の法的な親子関係を安定的なものとすべきであるとともに,もって第三者の関わる生殖医療技術を関係者にとって安定的なものとする必要があるとの観点から,検討すべきである。

2 母と子の親子関係
 母との親子関係については,これまでの民法の考え方に従い,分娩の事実をもって母子関係が生じるとすべきである。卵子提供の場合,利用者たる分娩した女性が法的な母となるとすべきである一方,提供者との間には,親子関係は生じないとすべきである。
 最高裁2005年(平成17年)11月24日第一小法廷判決【アメリカで卵子提供を受けたうえ,夫の精子と体外受精させた受精卵を別の女性に着床させる代理懐胎の場合で,夫の配偶者を母とする出生届出が受理されなかった事案につき,夫の配偶者との母子関係を認めないとした事例】や,最高裁2007年(平成17年)3月23日第2小法廷判決【夫婦の受精卵に基づきアメリカで代理懐胎が行われ,夫婦の妻を母とする出生届出が受理されなかった事案で,夫婦の妻を母とはせず,分娩した女性を子の母と判断した事例】においても,分娩の事実をもって母子関係が生じるとしており,これにも合致するものであり,かかる裁判例を尊重する。

3 父と子の親子関係
 父との親子関係についても,精子提供の場合には,精子提供に同意をした利用者たる男性を父とすべきである。
 この点,婚姻中の夫婦においては,これまでの民法の考え方に従い,母となる女性の分娩の当時に,婚姻関係にある利用者たる男性で精子提供に同意したものが,法的な父となる(なお,最高裁2013年(平成25年)12月10日第3小法廷判決【性同一性障がいのため女性から男性への性別の取り扱いの変更の審判を受けた者を夫とする夫婦が精子の第三者提供を受け非配偶者間人工授精によって子どもが出生したものの,嫡出子としての届け出が受け付けられなかった場合に,戸籍の父欄に夫の氏名を記載する戸籍訂正の許可を認めた事例】参照)。
 この場合,嫡出推定は及ぶ一方,利用者たる男性について精子提供について事前の同意を経ている場合,かかる利用者たる男性は嫡出否認の訴えは提起できないことを法律上明記すべきである(大阪地裁1998年(平成10年)12月18日判決【事前同意を得ずになされた精子の第三者提供による非配偶者間人工授精においては,嫡出否認の訴えが認められた事例】参照)。
 そして,第三者による精子提供の場合に,精子の提供者との関係では,精子提供に同意した精子提供者との間には,親子関係は生じないとすべきである。
 かかる考え方は,最高裁2014年(平成26年)7月17日第1小法廷判決【嫡出推定の及ぶ親子関係であるものの,DNA鑑定により戸籍上の父と子の間に生物学的な親子関係が存在しないことが明らかな場合において,父の方からの親子関係不存在確認訴訟が認められないことはもとより,子の側からの親子関係不存在確認訴訟も認められないとした事例】が「法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される」としたこととも親和性がある。
 なお,子どもが出生後,利用者たる父ではなく,提供者に対して認知請求できるのかとの論点も考えられるが,その議論の前提として,利用者たる父との父子関係を子どもの側から否定することを許容するのか,という論点も存在し,これらの論点については現時点で意見の集約・一致をみることができなかった。そのため,本意見書では,かかる論点が存在するという問題点の指摘にとどめることとした。


第5 「出自を知る権利」の法制化
1 出自を知る権利― その意義と根拠

 第三者の関わる生殖医療技術においては,利用者(及び提供者)は自らの意思で選択できるが,これにより生まれてきた子どもは,当該生殖医療技術の利用の選択の時点では誕生していないために選択権もない。子どもにとっては,自己の意思にかかわらず,遺伝子上の親(提供者)と法律上・養育上の親(利用者)とが分断されることとなるため,遺伝的な病気の告知や近親婚の回避といった生物学的観点や,家族とは親子とは何かといった根源的な価値観の形成について,複雑な課題を背負わされることとなる。
 第三者の関わる生殖医療技術により生まれてくる子どもが,例えば,「自分はどのようにして生まれてきたのか」,「提供者及び利用者たる両親がどのような思いや覚悟(責任)をもって生殖医療技術という方法を選択して出産することにしたのか」といった,自らの誕生に関わった者の思いやそこに至る経緯,あるいは,提供者に関する基本的な個人情報等(例えば,提供者の身長,体重,容貌,病歴,家族歴等)について知りうることが,自らの「出自を知る権利」として,十分に保障されなければならず,関係法令にもその保障が明記されなければならない。
 こうした権利は,その父母を知る権利(子どもの権利条約7条),自己の身元関係事項を保持する権利(同8条),及び自己決定権(憲法13条)等から導かれるものである。

2 告知を受ける機会の担保
(1) 告知を受けることの重要性-出自を知る権利の不可欠な前提

 そもそも第三者の関わる生殖医療技術という方法により生まれたという事実について,子どもが告知を受けなければ,子どもの出自を知る権利が保障されない。
 告知が適切な時期に適切な方法でなされないことで,子どもが,アイデンティティの重大な危機に陥ることは,いわば「社会的虐待」であるとの指摘もある。適切な時期に適切な方法で告知がなされることは,出自を知る権利の当然の前提として保障されなければならない。
(2) 告知する者 -告知をすることの事前の同意の必要性
 告知をするのは,通常,利用者たる養育上の親になるであろう。告知することの重要性については,第7項で後述する。
 第三者の関わる生殖医療技術を利用して子どもを授かろうとする利用者は,出生経緯の告知をはじめ,子どもの人生に重大な影響を及ぼす行為について,責任を担うことになる。
 それゆえ,利用者夫婦は,生殖医療技術の利用を選択する段階において,告知をすることのメリットとデメリットを十分に理解する必要があり,告知する意思が明確に確認された利用者夫婦についてのみ,第三者の関わる生殖医療技術という方法を利用することを認めるべきである。
(3) 告知の方法やあり方
 本来,告知というものは,利用者がこれまで子どもと築いてきた関係性のもと,愛情をもってなされるのが望ましい。告知の方法やあり方については,真実告知という同様の場面のある養子縁組における実務上蓄積された知見を参考に,検討されるべきである。
 また,子どもに対する告知は,早い時期になされるほうが子どもに対する影響が少なく望ましいと考えられるが(「自由と正義」第63巻10月号87頁),具体的な時期や方法については,子どもや家族の状況等をふまえて慎重な検討と準備が必要と考えられる。

3 「出自を知る権利」を実現するための制度の法制化
(1) 第三者の関わる生殖医療技術に関する情報の確保・保存

 出自を知る権利を保障するためには,子が知りたいと思うであろう情報が確保されなければならない。
 かかる情報の内容は,生殖医療技術という方法を選択する場に,仮に立ち会うことができれば当然知りたいと考えるであろう情報であり,また,すべての関係者から人為的ではなく愛情や思いをもって生まれてきたということができる限り伝わるような内容の情報であるべきである。
 また,子どもが告知を受けた後,出自を知る権利を具体的に行使する時期は,諸外国の例をみても,(後記のとおり早い段階の告知が望ましいとしても)成人してから,つまり生殖医療技術が選択された時期から,数十年後となることも十分考えられる。特に,近時,生殖医療技術で生まれた子どもが,当事者としての声を上げ始めていることから,こうした子どもたちの声を十分に反映した内容とされるべきである
 よって,出自を知る権利の保障にあたっては,こうした情報が確保されるべきであり,かつ,これらの情報の保存期間や保存方法については出自を知る権利の行使時期に十分配慮したものとされるべきである。
 確保すべき提供者の情報の例としては,提供時点での,提供者の身長,体重,容貌,病歴,家族歴,過去の提供の有無や回数,提供に至る経緯,提供にあたって子どもへのメッセージ等が考えられる。確保すべき利用者側の情報の例としては利用者が提供を受ける動機・経緯,提供を受けるにあたっての子どもへのメッセージなどが考えられる。こうした情報は適宜更新していくべきであるし,その情報の伝達方法としては写真やビデオレター等方法においても工夫することが考えられる。
 また,こうした情報は,可能な限り公的機関によって一元的に無期限に保存されるのが望ましい。
(2) 告知を支援する仕組みの構築
 出自を知る権利の前提としてなされるべき告知にあたっては,子どもの心理的負担が大きいであろうことはもとより,利用者にとっても心理的負担が大きいと考えられる。また,第三者の関わる生殖医療技術の場合の告知は,可能な範囲で早い時期に告知されるのが望ましいとしても,養子縁組における真実告知と同様に,子どもの年齢や成熟度等を考慮して,段階的に,繰り返しなされるのが望ましい。そのため,子どもや利用者に対し,それぞれ,長期に亘り,カウンセリングの機会が提供されるべきである。
 また,提供者との対面という段階においては,いきなり対面ということではなく,対面に至るまでに,対面を仲介し,双方の意向等を調整することが必要であり,そのため,それを担う熟練したソーシャルワーカーの支援が必要であり,そのようなソーシャルワーカーを確保するとともに,これを配置するための信頼できる組織が必要である。
 これらの出自を知る権利及び告知に関する支援や,その前提となる出生以前の利用者や提供者に対する支援についての詳細は,第6項以下に述べる。


第6 精子・卵子の提供から出生まで
1 はじめに

 第5項で示された第三者の関わる生殖医療技術によって生まれた子どもの「出自を知る権利」・「告知を受ける機会」を保障するためには,それを利用し子どもを授かろうとする利用者,自己の精子又は卵子を提供しようとする提供者が,生まれてきた子どもに対する影響について,理解を深め,その責任を自覚する必要があり,そのための制度構築が不可欠である。
 特に,生まれてきた子どもにとって,第三者の関わる生殖医療技術によって出生したという事実は,その人生に極めて大きな影響を及ぼす事情であるから,利用者夫婦が授かった子どもを養育する養育環境に支障がないかについても十分に検証する必要がある。
 そこで,第6項、第7項においては,精子・卵子の提供から子どもの出生まで(第6項)と子どもの出生後(第7項)とに分けて,利用者・提供者に対して必要と考えられる事前の説明・同意,出生前後の支援等の手続きないし要件を示す。
 第6項においては,特に提供から出生までのうち,特に提供時に利用者・提供者に対して要求すべき説明や同意の在り方を,利用者と提供者に分けて述べる。
 
2 利用者に関する要件
(1) 総論

(第三者の関わる生殖医療技術の利用に至る前の段階で)不妊治療などを経ても夫婦間での妊娠・出産に至らない場合には,利用者の夫婦は,第三者提供などの生殖医療技術を安易に選択するのではなく,不妊の現実を受け止め,子どもを持たない人生を選ぶか,それとも第三者の関わる生殖医療技術を利用により子どもを授かることを選ぶかについて,慎重に意思決定をする機会を持つことが必要である。
 そのためには,医学的な説明をうけるべきであるのはもとより,法律面の説明のほか,永続的な親子関係を想定した社会心理学的な説明やカウンセリングを受けたうえで,第三者の関わる生殖医療技術の利用の明確な意思決定に至るべきである。そうすることは,利用者夫婦の責任ある意思決定を支援するとともに,もって生まれてくる子どもの将来の権利・利益を擁護するための支援でもある。
 さらに,そうした説明やカウンセリングを経たうえでの意思決定に至るプロセスの適正を担保するため,第三者の関わる生殖医療技術を利用する前提として,家庭裁判所による承認の審判を受けることを要するとすべきである。
したがって,第三者の関わる生殖医療技術の利用を認めるには,利用者側の要件として,
 ①医師による説明を経たインフォームド・コンセントがあること,
 ②心理面のカウンセリングを受けること,
 ③法律専門家等から法律関係に関する説明を受けること,
 ④第三者の関わる生殖医療技術を利用することの利用者夫婦による書面上の同意,
 ⑤家庭裁判所の承認
  を要件とすべきである。以下,個々の要件について述べる。

(2) インフォームド・コンセントの義務化
 まず,利用者夫婦が,第三者の関わる生殖医療技術について説明を受けるのは,それまで不妊治療を施してきた医師などの医療従事者であるのが通常であろう。
 医療従事者においては,第三者の関わる生殖医療技術について,主として医療技術的な面(人工授精・体外受精[顕微授精を含む]等の内容はもとより,当該医療技術が身体[特に母体]に対する影響・リスク等)を説明すべきであるが,その際,当事者らが当該医療技術の利用によって精神的・社会的・法律的影響も受けることから,医療技術的な説明だけではなく,そうした精神的・社会的・法律的影響もありうることを踏まえて説明をすべきであり,それを経たインフォームド・コンセントを利用者から得ることが必要である。
 さらには,そのようなインフォームド・コンセントのための医療従事者による説明は,夫婦が一緒に受けることを要するとすべきである。
    
(3) 心理面のカウンセリングによる支援
 第三者の関わる生殖医療技術を利用することの意思決定の前提として,利用者夫婦においては専門のカウンセラーによる心理面におけるカウンセリングを受けることが不可欠である。かかるカウンセリングは利用者夫婦に対する支援であると当時に,生まれてくる子どもにとっての支援でもある。
そうしたカウンセリングは,以下のような内容を含むべきである。
  ア リプロダクティブ・ライツの保障
  妻には,出産のプレッシャーを受けることなく,固有の,生殖医療技術を用いて子どもを出産するか否か等を選択する自由が保障されなければならない。また,夫にも,固有の,生殖医療技術により授かる子どもの父親になるか否か等を選択する自由が保障されなければならない。
  イ 第三者の関わる生殖医療技術以外の選択肢を考える機会
  第三者の関わる生殖医療技術は,あくまで夫婦が幸せになるための方法の一つであり,夫婦が幸せになる道には様々な選択肢があることを利用者が理解するための支援が必要である。
「子どもを持たない限り幸せではない」わけではないし,第三者の関わる生殖医療技術を選択せず,夫婦二人で生きていく人生も肯定できるような支援も必要である。
  さらに,第三者の関わる生殖医療技術を利用せずとも特別養子制度・養育里親制度もあり,こうした選択を肯定できるような支援も必要である。
要は「なぜ子どもが欲しいのか」「第三者提供を受けてまで夫婦にとって子どもが必要か」といった点について,利用者夫婦のそれぞれに突き詰めて考える機会が与えられるべきであり,そうした機会が,第三者の関わる生殖医療技術を利用する意思決定の不可欠な前提である。
  ウ 生まれてきた子どもの心情や,子どもの養育における責任と覚悟についての説明
  第三者の関わる生殖医療技術を利用する意思決定をする前提には,利用者が生まれてきた子どもにおける心理的な影響,告知の重要性などについて十分説明を受け,深く理解する必要がある。その際,非配偶者間人工授精によって生まれてきた人の実話などを紹介することも必要であろう。
  特に,子どもの思春期や反抗期には,子どもとの対立がありえるところであるから,その場合,第三者の関わる生殖医療技術を利用したことの影響を考えるのではなく,利用者夫婦は,「第三者提供により出生し,告知を受けた子どもの心理的負担に真摯に寄り添う覚悟があるか」,「どんな状態であっても,夫婦でしっかり結びつき,子どもと向き合いともに乗り越えて行く覚悟があるか」といった点について,利用者夫婦の間で納得いくまで話し合う機会を設けることが必要である。
  エ 利用者夫婦の個別のカウンセリング
  こうした利用者夫婦のカウンセリングにおいては,夫婦それぞれが個別にカウンセリングを受け,率直な気持ちをカウンセラーと話をする機会を設けることにより,出来るだけ夫婦間の温度差が生じないように配慮する必要がある。
 オ 肯定的理解と告知の必要性の支援・説明
 既に述べたように,子どもの出自を知る権利を担保するには,子どもが出生後然るべき時期に(可能な限り早い時期に),利用者夫婦が子どもに対し第三者の関わる生殖医療技術を利用したことを告知する必要がある。その前提として,利用者夫婦が第三者の関わる生殖医療技術を受けることを意思決定する際には,夫婦双方が考え抜いて出した結論であって,その結論について自信を持てるような支援が必要である。そのためには,利用者夫婦において,不妊や第三者提供を,恥ずかしいこと,隠したいこと,ネガティヴなことと捉えず,肯定的に理解できるような支援が必要である。
 第三者の関わる生殖医療技術によって子どもを授かることは,何ら恥ずかしいことではなく,社会的にオープンにしてもかまわないということを利用者に理解させる支援が必要である。それが,将来生まれてきた子どもの養育や,告知する際の利用者夫婦の支えとなる。
 なお,さらにその前提として,社会全体が,第三者の関わる生殖医療技術によって子どもを授かる夫婦や,それを利用して生まれてきた子どもを広く受け入れる社会になっていく必要がある。そうした社会を作るための啓発活動については,第9項で述べる。

(4) 子どもを巡る法律関係について説明を受けること
 第三者の精子・卵子提供を受ける場合,利用者夫婦のほかに,子どもと血縁関係のある提供者という存在が現れることになる。そこで,利用者夫婦に対しては,法律家等から,上記第4項のとおり,精子・卵子の提供者との間では民法上の親子関係が生じることはなく,親は養育する利用者夫婦であることや,法律婚の利用者夫婦においては出生した子どもは利用者夫婦の嫡出子として戸籍に記載されること等の法律関係について説明を受ける必要がある。
 また,生まれてきた子どもには,出自を知る権利があり,その前提として告知を受けることが必要であるから,第三者の関わる生殖医療技術を利用した場合には,利用者夫婦において子どもに告知し説明する義務が生じるのであり,利用者夫婦はこれらの説明を受ける必要がある(もちろん,後記のとおり,利用者夫婦には,この出生前に,将来子どもに告知することに対する書面上の同意を要求すべきである)。
 さらには,後記のとおり利用者夫婦の養育環境が整っているかにつき家庭裁判所の承認を必要とすべきであるから,合わせてこれらの説明を受ける必要がある。

(5) 第三者の関わる生殖医療技術の利用にかかる書面による同意
 上記の医療従事者の説明,心理面のカウンセリング,法律家などからの説明を踏まえて第三者の関わる生殖医療技術を利用することの意思決定をした場合には,その意思決定を明確にするため,利用者夫婦において,同意を書面にすべきである。
 かかる同意は,子どもと遺伝的つながりのない利用者の一方にとっては,第三者の精子・卵子提供による生殖医療技術を受けることによって,出生した子どもとの親子関係が生じ,子どもに対する告知をする義務を負担するにいたるものであるから,より重要である。
そうした観点からは,かかる同意書に含まれるべき内容は,以下の事項が考えられる。
 ①配偶者が第三者から提供を受けて,妊娠・出産することについての同意
 ②出生した子どもの両親は,利用者夫婦であることの同意
 ③提供者に対しては,親子関係は生じず,何らの請求もできないことへの同意
 ④子どもには出自を知る権利があることを了解し,子どもの成熟度や心情等に十分に配慮して適切な時期・方法により告知を行うことについての同意
 ⑤子どもが提供者へアクセスしようとすることへの同意
 ⑥第三者の関わる生殖医療技術を受けるには家庭裁判所の承認を得なければならないことについての同意

(6) 家庭裁判所の承認
 上記第4項のとおり,精子・卵子の第三者提供による生殖医療技術に基づく親子関係については,血縁関係のない者に法的な親子関係を生じさせること,利用者夫婦は,それぞれ嫡出否認・親子関係不存在を主張できなくなること,生まれてきた子どもには出自を知る権利があり,それに応える義務があることなどを法律専門家から説明を受け,十分に理解しなければならない。そして生まれてきた子どもを養育するにあたって,利用者夫婦が,精神的,肉体的,経済的に成熟し,養育する環境が整っているかについては,中立公平で全国的な人的物的組織体を有し,統一的運用が期待できる家庭裁判所による関与が不可欠である。
 そこで,(2)~(5)についての要件を満たした利用者夫婦は,説明ないしカウンセリングを受けたことを裏付ける疎明資料,及び上記(4)の同意書を添付して,家庭裁判所に第三者の関わる生殖医療技術を利用するための承認の審判を求める申立てを行い,承認を得ることを,第三者の関わる生殖医療技術の利用における要件とすべきである。

3 提供者に関する要件
(1) 総論

 本意見書で許容する精子又は卵子の第三者提供においては,提供者にとっては,自己以外の夫婦の間に自己と遺伝的関係がありつつも法的な親子関係のない子どもが出生することになり,自己や自己の家族との間で複雑な関係を生じる。さらには将来,子どもが出自を知る権利を行使して,自己の前に現れる可能性も否定できない。
 さらに,特に卵子提供の場合は,提供者にとって,身体的な侵襲を伴い,副作用などのリスクも伴う。
 そのため,提供者においても,提供にかかる意味や責任,リスクについての理解を深めたうえで,精子又は卵子の提供をすべきであって,その意思決定の前提となる事項の説明などを経たうえで書面上の同意等の要件が必要である。

(2) 配偶者・自分の実子への影響に対する理解
 精子又は卵子の提供によって,提供者にとっては,配偶者との婚姻関係の外に遺伝的つながりのある子どもが出生することとなる。このことは,提供者に既に配偶者や実子がある場合にはより現実的な問題となるし,提供者に提供時点で配偶者や実子がない場合においても,将来においては問題となりうる。それゆえ,提供者においてもこの点を深く理解する必要がある。さらには,提供者の提供時の配偶者との実子にとっても,将来の配偶者との実子にとっても,知らないところで異父・異母の兄弟姉妹ができることのないよう,現在又は将来の配偶者及び実子の理解を得るべきである。
 こうした点において,提供者や,提供者の配偶者及び実子に対する長期的な支援が必要である。

(3) 生まれてきた子どもの出自を知る権利について
 将来,生まれてきた子どもが成長し,第三者の関わる生殖医療技術によって生まれてきたことについて告知を受けた場合,子どもは,養育してくれている親のほかに遺伝的につながりのある親について知りたいと考える可能性がある。その際,単に提供者の情報を得るにとどまらず,提供者との直接・間接の交流を希望する可能性も否定できない。その際,提供者としては,支援機関の支援も得ながら,真摯に対応する必要がある。提供者は,単に自己の精子又は卵子を提供したら終わりではなく,その子の出生に関わった大人として生まれてきた子どもの出自を知る権利と対峙する責任がある。
 出自を知る権利は,子どもにとって自己のアイデンティティを確立するため重要な権利であり,それは,提供するか否かの選択権を有する提供者のプライバシーよりも優先するものである。
 それ故,提供者には,提供に先立って,提供による出生した子どもに対する重大な影響や,子どもの出自を知る権利及びその実現の必要性を深く理解する必要があり,そのための十分な説明を受ける必要がある(提供者は,その説明を受けたうえで,提供しないことを自己決定することはできる)。

(4) 卵子提供における身体的侵襲や副作用等に関する説明
 第三者の関わる生殖医療技術のうち卵子提供を受ける場合には,卵子の提供者は身体的にも,社会的にも大きな負担を負うことになる。
 卵子提供のために提供者の卵子を体外に採取することとなるが,1ヶ月に1個という自然周期によって採取するにとどまらず,連日の注射等による薬剤の使用により卵巣に刺激を与え,複数の卵子を成長させ採卵する方法がある。採卵のタイミングは卵子の成長によるものであるから,予定の立てにくいものであるうえ,採卵当日は,麻酔を受けてから採卵し,当日は安静を要する旨医師の指示がある。
 このように採卵には,採卵のための薬剤を使用し,手術も伴うため,薬剤の副作用はもとより身体的侵襲を受ける身体的負担がある。
 また提供者においても,提供者が仕事を持つ場合など,周囲の理解がなければ卵子提供できず,そうした社会的負担もある。
 卵子提供の場合は,精子提供と異なり,提供自体に負担が伴うから,提供者はこうした理解を深めたうえで卵子提供をすべきであり,こうした説明を十分に受ける機会を与えられるべきである。
 なお,精子提供にあたり精巣内細精管を採取し精子を得る場合(TESE)も同様である。

(5) 提供者の第三者提供に対する書面による同意
 上記のとおり,精子又は卵子の提供においても,提供者にも社会的な責任や身体的な負担が伴うから,提供にかかる意思決定は,上記説明や支援を踏まえた上で慎重になされるべきである。その意思決定が慎重になされたことを明確にするためには,提供者による同意は書面によってなされるべきである。そして,提供者の同意にかかる書面には,たとえば,以下のような項目を含むことが考えられる(なお,将来,子どもの出自を知る権利が行使された場合でも,実際に提供される情報は,後記のとおり子どもの希望や年齢・環境等に応じた範囲内で開示されることになる)。
 ①精子・卵子の提供に対する同意
 ②採精・採卵に身体への侵襲を伴う場合についての同意
 ③余剰の精子・卵子の処分に関する同意
 ④提供により出生した子どもが一定の年齢に達したときに,提供者の⑤についての情報を得ることや,直接・間接の交流を求めることについての同意
 ⑤提供者の氏名,生年月日,身体的特徴,性格,職業,趣味など提供者の属性,提供者の住所・電話番号・メールアドレス等の連絡先
 ⑥提供に対する思いの記載(生まれてきた子どもに対してのメッセージ)
 ⑦配偶者の①又は④についての同意
 ⑧提供によって,利用者その他の関係者から,金品を受領しない旨の誓約

(6) 提供の回数と提供者の範囲について
  ア 精子・卵子の提供について
 卵子の提供については,採卵の数や回数におのずと制限があるが,精子の提供については,事実上は非常に多くの個数の提供も可能である。
 しかしながら,通常自然妊娠の場合に子を授かる数は,男性にとっても女性にとってもある程度の上限があるから,精子・卵子の提供においても,提供の総数や年間の数などの制限を設けるべきである。
  イ 提供者の範囲について
 親族に精子・卵子の提供者としての適任者がいない場合にも,精子・卵子提供による第三者の関わる生殖医療技術を利用したい利用者としては,精子・卵子の提供者のあっせんをうけるほかはない。
 それゆえ,精子・卵子の提供者を親族などに限定すべきではないが,かかる提供者を安全・適正に確保し,あっせんを行うには,精子及び卵子の提供を無償とすることを前提に,精子・卵子の提供者の情報の管理や,提供者の利用者に対するあっせんを,公的機関において行うべきである。


第7 出生後について
1 総論

 第三者の関わる生殖医療技術の利用の結果,生まれてきた子どもに医学的にどのような問題が生じるかはもとより,生まれてきた子どもや両親(被提供者・利用者),提供者,提供者の家族等にどのような葛藤や困難が生じるのかについて,これまで十分に調査・研究・対応がなされてきたとは到底言い得ない。
 むしろ,子どもに対して精子又は卵子提供を受けたことが明らかにされず,成人を迎えた後に両親の離婚等を契機としてやむなく突然に出自を明らかにされる事例があり,近時漸く,そうした数人の子ども達からその想いが表出されるようになってきたにすぎない。一方で,精子又は卵子の提供を受けたとの出自を知らないままに生活している子ども達も数多くいると考えられ,その子ども達やその家族が今後重大な課題に直面する可能性もあるところ,そのすべてを想定することはできない。
 第三者の関わる生殖医療技術のあり方は,上記のとおり子どもの権利・利益,子どもの福祉を基本に考えられるべきであり,現状では,十分な慎重さをもって第三者の関わる生殖医療技術の利用の可否や要件・支援等の方策を考えなければならない。
 そこで,第7項においては,子どもの出生後の出自を知る権利や出自を知るための告知を受ける機会の担保を中心に,もって,子ども権利・利益,子どもの福祉を確保するために,現状で想定しうる支援の方策について述べる。
具体的には
 ①子ども及び利用者たる両親に対して告知の事前事後に支援すること
 ②子どもに対して出自を知る権利の行使の事前・事後に支援すること及び子どもの出自を知る権利の行使に際し利用者たる両親に対して支援すること,
 ③子どもが出自を知る権利を行使した場合の提供者に対する支援や調整をすること,並びに
 ④これらの支援のための総合的支援体制の構築
が必要である。
 これらは,養子縁組(特別養子縁組)の際に行われている真実告知が参考になるところである。ただし,これらが現時点でかならずしも十分というわけではなく,子ども達の声をしっかり受け止めるとともに,今後も研究・調査を継続して,関係者皆が幸福になれるように要件や支援体制を整えていく必要がある。

2 告知に関する支援
(1) 告知に関する支援の必要性

 第5項記載のとおり,子どもは,出自を知る前提として,自身が第三者の関わる生殖医療技術を利用して出生したことについての告知を受ける必要がある。
 しかし,告知自体がそれを受け取る子どもに重大な精神的影響を与える可能性が高い性質のものである以上,これは形式的に行われればよいというものではない。告知が早い時期になされるのが望ましいと考えられるとしても,その具体的な時期や方法については,子どもや家族の状況等をふまえて慎重な検討と準備が必要と考えられるし,告知自体,その子どもを実際に養育し,最も密接な親子関係を形成してきた両親(養育親)から行われるべきである。
 しかし,いくら両親が十分な理解をもって子どもの状況をふまえて適切に告知を行ったとしても,子どもにとっては,それではカバーできない精神的衝撃を受けたり,不安を感じたりするかもしれない。また,両親においても,主観的には子どものことを第一に考えて告知したとしても,結果としては適切に告知を行えず,子どもに精神的に大きな影響を与えてしまうこともありうる。
 それゆえ,第三者の関わる生殖医療技術を利用して生まれてきたことの子どもに対する告知を当事者のみに押し付けるのではなく,告知の事前・事後に,両親や子どもを支援する体制が必要となる。
(2) 子どもに対する告知後の支援
 第三者の関わる生殖医療技術を利用して出生した子どもに対する支援としては,告知によって子ども自身が不安をもつことが十分考えられることから,子どもが不安を打ち明けたり,相談したり,専門的なカウンセリングを受けるなどの支援を受けられる場を整備すべきである。
(3) 利用者たる両親に対する事前・事後の告知の支援
 利用者たる両親は,第三者の関わる生殖医療技術を利用する前から,継続的に,子どもの心情や告知の重要性等について説明等を受け,将来告知することに同意しているはずであるが,出産後も,告知の重要性はもとより,告知が子どもや家族の状況にあわせて行われるべきこと,現に両親から子どもに対して告知を行うことが望ましいこと等を,あらためて両親において理解する必要がある。その際は,同様の説明を繰り返すのではなく,告知の仕方などをはじめ,子どもの成長過程に即した支援を受ける場が必要となる。いつどのように告知をしていけばよいかについての相談はもとより,告知後の子どもの反応に対する対応など,支援の対象は告知の事前・事後にわたるべきである。そうした告知に関わる悩みについて,専門的な相談・カウンセリングを受ける機会が必要であり,そうした支援を行える支援機関が必要であろう。

3 出自を知る権利の行使の支援
(1) 子どもに対する支援

 告知を受けた子どもは,成長の過程において,精子・卵子の提供者の情報を知りたい,提供者に会いたい等,子ども自身の出自を知りたいと考えるに至るであろう。その場合には,それぞれの子どもにとって適切な時期に適切な方法で,出自を知る権利を行使し,適切な情報にアクセスできるようにする支援が必要である。
 この点,子どもによる出自に関する情報へのアクセスについては,一律に,一定の年齢(たとえば,遺言年齢を参考にして満15歳)に達したらこの情報を知らせて良い,というのは妥当ではない。子どもの年齢,第三者の関わる生殖医療技術によって生まれたことについて告知を受けた時期及び告知の際の状況,利用者夫婦と子どもの関係等家族間の状況など,子どもの成長や状況に合わせながら,子どもがどのような情報にアクセスしようとしているのか,当該情報にアクセスしたいと考える目的等を考慮したうえで,カウンセラー等支援機関が個別にコーディネートすることが望ましい。例えば,子どもが素朴に提供者の顔を見てみたいとして提供者の顔写真を見せる場合,会う前提として住所や氏名を知りたいと求める場合,近親婚を避けるための情報を知りたいという場面とでは,それぞれ,対応する子どもの年齢等が異なってよいと思われる。
 また,子どもが一定年齢に達すれば子ども自身が支援機関に相談等を行える体制を整備する必要がある。

(2) 利用者(両親)に対する支援
 子どもが出自を知る権利を行使して,適切な時期に適切な方法で適切な情報にアクセスできるようにするには,利用者たる両親においても適切に対応できる必要があり,そのための両親に対する支援機関による支援が必要である。
 子どもが出自に関するある情報について知りたいと考えた場合には,両親としての見解をきちんと持ち,子どもと話をすることが第一であるとしても,両親としては,子どもや家庭の状況をふまえて当該情報へのアクセスが必要か,必要であるとしても適切な方法は何かなどの判断自体が容易ではなく,どのように子どもを支援すればいいか迷うとも考えられ,両親がいつでも支援機関に相談等ができる体制が必要である。

(3)提供者と子どもの交流に際しての利用者たる両親に対する支援
 実際に子どもが提供者の情報にアクセスしたり,場合によっては子どもが提供者と間接・直接に交流したりすることも十分考えられる。
 その場合に,両親としてどう支援すべきかに悩むことは容易に想像できるし,両親自身が精神的に不安定になってしまうことも考えられるから,そのような場合にも専門家による相談やカウンセリング等を受けられる体制とすべきである。

4 その他の支援
(1) 出自を知る権利行使後の子どもに対する支援

 出自を知る権利を行使して実際に何らかの情報にアクセスした場合(あるいは,結果として情報にアクセスできなかった場合)に,子どもが精神的に影響を受けることがありうる。出自について知った子どもの声として,「自己の存在・生命が人工的に操作された」との深刻な違和感や自己が否定されたような感覚を訴える者も少なくない。
 それ故,出自を知る権利を行使した後にも,そうした精神的苦痛に関する専門的なカウンセリングや相談の支援を受けられる体制も構築すべきである。上記のカウンセリング等のほか,同じ立場の者同士が語り合えるような場や,支援機関等における行事などを通して同じ立場の者同士が交流しあえる場の構築による支援も考えられる。

(2) 遺伝にかかる影響に対する支援
 また,遺伝に伴う医療面での不安等にも,支援機関が間に入って調整等を行うべきと考える。
 例えば,遺伝の影響がありうる疾病に関して,提供者に当該疾病が見られた場合に,支援機関が間に入る形で提供者から情報を得る等した上で,子ども(子どもが未成年の場合には両親)に当該情報を伝える等の支援も必要と考える。
 進んで,提供者あるいは子どもにおいて命に重大な危険が及び,輸血や移植等が検討される場面で,精子・卵子の提供者と被提供者の双方に連絡をとるのかどうか等も重要な問題であり,関係者間を調整しながらあらかじめ検討することにつき支援機関による支援が必要と思われる。

(3) 利用者たる両親に対する支援
 第三者の関わる生殖医療技術を利用した際の子どもの養育については,それ特有の課題や悩みを,利用者たる両親が抱えることは容易に想像できる。
 例えば,子どもに障がいがある場合や,親と性格や雰囲気が違うことによる子どもの養育の難しさなどがありうる。利用者たる両親にとってはこうした具体的課題について,より具体的技術的な話や経験者からの話を聞いたり,専門的な相談・カウンセリングを受けたりできる機会を得られることが必要であり,そうした支援体制を構築する必要がある。
 特に,個別の場合にもよるが,精子提供,卵子提供の場合には,両親のうちの一方には遺伝的なつながりがあるが他方は遺伝的なつながりがないことを契機として遺伝的なつながりのない親が精神的苦痛に陥ったり,それゆえ遺伝的なつながりのある親が逆に悩みを抱えたりするなど,両親間で温度差が生まれてしまう場面も想定される。両親間で自身の想いを伝え合って一緒に考えていけることが望ましいが,それを支援する1つの方策として,悩み等の相談や調整ができるような場所も必要であろう。

(4) 子どもと利用者たる両親に対する総合的支援の必要性
 なお,以上の,子どもや利用者たる両親への支援は,その時々に断片的になされるのではなく,子どもの出生前後から全体を把握したうえでの継続的な支援が必要であるし,子ども,両親,提供者のその時々の状況等を把握したうえでなければ適切な支援は行い得ない。
 そのため,第三者の関わる生殖医療技術の利用開始時からの総合的な支援が必要であり,そのための支援機関が必要であると考えられる。これについては第8項にて述べる。

5 提供者に対する対応や支援
(1) 子どもが生まれた時点での確認・支援
 提供者が提供を行った時点と,実際に提供された精子又は卵子を利用して子どもが出生する時点との間にはタイムラグが発生する。そのため,実際に子どもが生まれた時点で,提供者に対して,子どもが生まれたことを伝える必要がある。さらに,将来の子どもの出自を知る権利の実効性を担保するためにも,提供者の情報を子どもに伝えることや,場合によっては子どもとの交流等があること等を,子どもの出生時点で再度確認する必要があると考える。
 また,提供者の情報は,提供時の情報で足りるものではなく,その後も情報の提供をうけて更新していく必要がある。例えば住所等の移動の可能性もあるし,遺伝的な疾病が提供後に提供者に判明することもありうる。さらに提供者自身が家族を持ち子どもが生まれた場合には,近親婚を避けるための情報も必要となりうる。こうした点について,子どもの出生時に提供者に対して再確認し情報を得る必要があると考える。
また,もちろん,提供者が提供した精子・卵子を利用したものの,子どもが出生しなかった場合にもその旨を提供者に伝えるべきである。

(2) 子どもからの交流に関わる提供者への支援
 子どもが,保管されている提供者の情報にアクセスするだけではなく,提供者と直接・間接の交流を取りたいと希望することも想定される。その場合には,子どもにとってはもちろん,提供者や両親にとっても適切な方法,内容での交流がなされる必要があり,それには支援機関による調整等の支援が不可欠であって,そうした支援を受けられるようにすべきである。
 
(3) 提供者から子どもに対するアプローチについての可否
 既述のとおり,第三者の関わる生殖医療技術の利用を巡る問題に対する基本的な考え方の枠組みは,子どもの権利確保や子どもの最善の利益を中心にとするとの観点からは,提供者が提供者の都合で子どもの情報や子どもに対してアプローチをすることは許されないと考えるべきである。
 もっとも,子どもが近い将来提供者と交流する可能性があるケースにおいては,支援機関の調整のもとで,子どもの情報を提供者に伝える等して,子どもがよりよい形で提供者と交流できるように提供者にも支援がなされるべきである。
     
6 立法時に既に出生している子どもの支援
(1) 子どもに対する支援

 これまで述べてきたことは,もっぱら,立法後になされる第三者の関わる生殖医療技術がなされる場合における支援についてとなる。
 しかしながら,実際には既に第三者の関わる生殖医療技術を利用して生まれた多くの子ども達が存在している。こうした子ども達こそ,本来,上記のような手厚い支援を受けてしかるべきである。
 特に,成人になってから,子ども本位の理由ではなく,別の理由から不用意に突然告知を受ける事例があり,こうした子ども達が自身の抱える葛藤や苦痛について少しずつ声を上げはじめているが,そうした既に出生している子ども達に対する支援は緊急になされなければならない。
 具体的には,その子ども達が自分のいわば自己存在の「根」を意識し,自己を肯定できるような支援が必要である。その中には,可能であれば出自を確認したり,両親との関係性を調整したりすることも含まれ,専門家による相談やカウンセリング等が受けられるようにすべきである。仮に当時医療を施した医師が判明するのであれば,その医師に実施の経緯や方法,提供者の属性その他の情報について説明を求められるようにすることも必要である。

(2) 利用者(両親)に対する支援
 また,従前は「提供者は匿名にすべきであり,子どもには告知すべきではない」との医療現場の方針があったことや,子どもを持てなければ人間として一人前でないかのような風潮があったかもしれないことから,既に第三者の関わる生殖医療技術を利用した両親自身も悩みを抱えたまま現状に至っている可能性もある。したがってかかる利用者たる両親に対しても,それを開示し相談やカウンセリング等を受けることができる支援が必要である。そうした支援が,子どもの最善の利益や支援にもつながると思われる。


第8 情報管理と組織的整備の必要性
1 はじめに

第三者の関わる生殖医療技術の利用においては,組織的な法整備は不可欠である。すなわち,以下,
 ①第三者の関わる生殖医療技術の実施機関の認可制
 ②第三者の関わる生殖医療技術を利用した際の提供者等の情報管理機関の整備
 ③第三者の関わる生殖医療技術の利用者夫婦(これから利用しようとする夫婦,及びこれを利用し子どもが出生し告知や出自を知る権利行使に直面する夫婦),子ども及び提供者に対する公的な支援機関の整備
 ④こうした組織を総合的に管理する公的機関の必要性
 ⑤精子及び卵子の有償による提供及びあっせんの禁止と提供者情報の管理機関の必要性について述べる。

2 第三者の関わる生殖医療技術を実施する施設について
 日本弁護士連合会2014年(平成26年)4月提言も言及している通り,生殖医療技術の重要性やその影響の大きさに鑑みると,生殖医療技術を実施する医療機関や医師は,その医学的技術水準においても,実施設備や管理の体制においても,厳格な統一的基準のもとにある程度高い水準を満たした医療機関・医師に限定されるべきである。
 特に,実施に際しては,利用者夫婦及び提供者に対して,医療従事者,法律専門家やカウンセラー等から,第6項に記載したような説明や支援がなされなければならないし,家庭裁判所の承認を得なければ実施すべきではない。実施に際しては,配慮に配慮を重ねても,将来出生した子どもが精神的な負担を抱えたり,両親や提供者も様々な葛藤を抱いたりする恐れがあることや,濫用防止の観点からも,第6項に記載した内容の説明や支援が担保されるとともに家庭裁判所の承認を経てのみ実施する医療施設でなければならない。
 そのため,両親に関する基準,専門職の配置基準等,統一的な基準を作成し,それを満たし,認可をうけた医療施設のみが実施施設となるとすべきである。

3 実施した第三者の関わる生殖医療技術に関する情報の管理体制
 第三者の関わる生殖医療技術においては,出生した子どもの出自を知る権利の担保の観点からは,第6項に記載した同意書などを含む提供者の情報など,第三者の関わる生殖医療技術に関わる情報は,第三者提供の実施及び子どもの出生後も長期にわたり確実に保管されなければならない。
 第三者の関わる生殖医療技術については,子どもや関係者にとっての影響が甚大であることや,生殖医療技術はその医療行為のみではなくその前後,すなわち両親が利用を検討し始めてから子どもが成長するまで継続的に支援等する必要がある。それゆえ,かかる情報は,安全に長期に管理されることはもとより,一元的に管理する必要がある。特に,民間の医療施設や行政主体の病院の場合には廃院の恐れがあること等からすれば,こうした情報は公的管理機関を設置し,かかる期間により一元的に管理すべきである。
 また,提供者に関する情報は提供時だけではなく,子どもが出生した段階,子どもが出自を知る権利を行使する段階等,その情報を更新する必要がある。さらには,子どもの出自を知る権利を適切に支援する観点からは子どもや両親の情報も公的管理機関が適切に把握したうえで支援を行う必要がある。そのため,かかる情報を管理する公的管理機関から,提供者や両親へ適切な時期に適切な方法で連絡を行い,提供者や両親に関わる情報を更新すべきであると考える。
 かかる情報の保管期間は,第三者の関わる生殖医療技術の影響の大きさから考えれば,子どもの出生から無期限に保管されるべきである。民間の医療機関が保管するとすれば,一定の保管期間とせざるを得ないが,近時はマイクロフィルムや電子データとする方法もあることにも鑑みれば,こうした情報を公的管理機関が一括管理することとすれば,無期限の管理(無期限としないとしも,それに近い相当長期間の管理)が可能なはずである。
   
4 公的支援機関の必要性
 第7項に記載した告知や出自を知る権利の行使に関する子どもや利用者たる両親に対する支援は,画一的になされるものではなく,子どもの最善の利益の観点から,子どもや家族の状況をふまえて対応する必要がある。そのためには,こうした支援は,何らかの公的機関による継続的な支援としてなされるべきである。
 こうした支援は,第三者の関わる生殖医療技術を行う医療機関が,出産及び出産後の当事者支援に関わることも望ましいとも考えられる。
 しかしながら,実際には,生殖医療技術を行う医療機関(不妊治療),出産に関わる医療機関(出産,健診),その後子どもが成長した後に関わる医療機関(小児科),はそれぞれ別個の機関であることがほとんどであろう。
 そうした状況においては,第三者提供から出生,出生後の支援を総合的に行うには,第三者提供に関わる情報を一括管理する必要があるのを前提に,医療行為の実施機関からの情報提供だけでなく,出産機関やその後に関わる医療機関(小児科等)とも連携したうえで,提供・利用時から出産・出産後に至るまで,総合的に子どもや関係者を公的な支援組織において支援すべきであり,かかる支援組織は利用者たる両親,子ども,提供者のいずれもがいつでも支援を利用できる機関とすべきである。

5 国による公的管理機関の必要性
 上記のとおり,第三者の関わる生殖医療技術の実施機関を認可制とするとすれば,国においてそれを認可する側の機関が必要になる。
 さらには,第三者の関わる生殖医療技術の実施に伴う子どもや関係者の心情等の理解やその支援方法等についての調査研究や,個別の医療機関に対する助言や指導等を行うことも必要である。
 こうした役割は,厚生労働省なりが果たすことが考えられるが,上記の公的支援機関が,実施施設の認可や情報管理等についても役割も兼ねて,関係機関を総合的に支援する役割を果たすことも検討すべきである。

6 精子又は卵子の有償による提供及びあっせんの禁止と提供者情報の管理機関の必要性
 第三者の関わる生殖医療技術は適正に利用されることが必要である。人身売買等に不正に利用されたり,濫用されることは,何としても避けなければならない。
 このように適正な利用を確保するためには,精子又は卵子の提供及びあっせんを有償で行うことは禁止されるべきであり,提供は無償とすべきである。
 そのうえで,精子・卵子の無償での提供を前提として,親族などからの提供を受けられない利用者のために適切な方法で精子・卵子の提供を確保するとともに,提供者の権利・利益を侵害しないためには,提供者の情報も公的機関が管理し,適切にあっせんすることが望ましいのであり,上記の公的機関は,そうした情報管理やあっせんの役割も果たすべきである。


第9 国及び地方自治体等による啓発の必要性
 第三者の関わる生殖医療技術が法制度化されるとしても,法制化された適法な要件・手続きの下で出生した子どもの権利を保障しその尊厳を確保するためには,出生した子ども自身やその家族に対してその出生した経緯ゆえの不当な偏見や差別が生じないことが不可欠である。そのためには,そうした子どもをオープンに受け入れる社会となるよう,国及び地方公共団体において,啓発活動を含め,そのための必要な立法その他の措置が取られるべきである。
 「子どもを持ちたい」と切実に願う夫婦の中には,「子どもがいない」ことへの劣等感や,「子どもはまだできないのか」といった家族や親族,社会からの有形無形の圧力に苦しんでいる人が見られるといえよう。
 第6項でも指摘したように,夫婦が幸せになる道には様々な選択肢があり,「子どもを持たない限り幸せではない」という考え方は転換されるべきであるし,第三者の関わる生殖医療技術をせずに,子どもを持たずに夫婦二人で生きていく選択や,さらに,子どもを持つことを希望して特別養子制度・養育里親制度の選択もあるし,そうした選択の一つとして 第三者の関わる生殖医療によって子を得る方法もある。
第三者の関わる生殖医療技術を利用して出生した子の権利や最善の利益を確保するためには,これらすべての選択を社会が広く受け入れ,いずれの選択においても出生してきた子どもやその家族が偏見や差別を受けるこのない社会を形成することが必要である。そして,こうした社会の形成のために国や地方公共団体その他の公共団体が,第三者の関わる生殖医療技術を含む諸制度を整備するとともに,これらの制度の啓発活動に取り組なければならない。


第10 結論
1 本意見書における提言は,本意見書の冒頭に記載した通りである。
第三者の関わる生殖医療技術の利用に関する法制化については,子どもの権利・利益を中心に据えて,これらを保障するため,またそれを通じた関係者の権利・利益を調整するため,早急に法制化をすべきである。
 その際,第三者による精子・卵子の提供のみを許容した上,出生した子ども,利用者たる両親及び提供者との親子関係を明文化して親子関係を安定させるべきである。また,同時に,かかる第三者の関わる生殖医療技術の利用に際しては,家庭裁判所の承認等利用者,提供者の要件を明確にするとともに,子どもの出生の前後を通じての関係者の支援をすべきであり,その体制を構築すべきである。
 さらには,そのためには,第三者の関わる生殖医療技術を実施する医療機関を認可制にし,かかる生殖医療技術に関する情報を公的機関において無期限に一元管理し,関係者への支援機関を設置する必要がある。
 また,精子・卵子の提供及びあっせんは無償としたうえで,提供者の情報を管理し,あっせんする公的機関も設置すべきである。

2 本意見書では,第6項から第8項にかけて,かなり大がかりな公的支援とそのための公的機関の設置の必要性を説いたが,その必要性は,第三者の関わる生殖医療技術によって子どもを授かった場合に限定されるものではない。
 即ち,第三者の関わる生殖医療技術における出自を知る権利や告知の問題は,特別養子縁組における子どもについても生じている問題である。第三者の関わる生殖医療技術の法制化においても,特別養子縁組における実情や問題点は,常に参考にすべきである。
 不妊治療を経験するなど子を授かることに苦労をしている夫婦としては,第三者提供を含む生殖医療技術の利用と,養子縁組は隣接した手段である。
 したがって,第三者の関わる生殖医療技術の法制化をきっかけに,またこれに合わせて,第三者の関わる生殖医療技術の利用と養子縁組が隣接の連続した制度であるとの視点から,特別養子縁組の促進や養子に対する真実告知などの公的支援体制の構築など養子法の改正についても検討すべきであるし,その際,国際的な人身売買を防止するとの観点からも,ハーグ国際養子条約(養親となる者と養子となる者が居住地を異にし,養子縁組に伴い養子が国境を越えて移動する場合を規制の対象とし,養子の送出国(出身国)と受入国の中央当局・認可斡旋機関による国際養子縁組の適正な成立,及びある締約国でなされた養子縁組の他の締約国におけるスムーズな承認を目指す条約)の批准についても検討に値するところであるので,付言する。

3 当会としては,科学技術の開発・利用がすべての人の尊厳の確保と幸福実現につながり,第三者の関わる生殖医療技術の利用において生まれてくる子どもの人権と福祉が十分に確保されるべきであることから,第三者の関わる生殖医療技術の法制化について,さらに深く広範な国民的議論が行われ,十分なコンセンサス形成のもとに速やかな法制化がなされることを切に望むものである。

以上

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