大阪ステーションシティ顔認証実験に対する意見書

大阪ステーションシティ顔認証実験に対する意見書

2015年(平成27年)2月3日

独立行政法人情報通信研究機構 
 理事長 坂内 正夫 殿
                      
大阪弁護士会
会長 石 田 法 子


大阪ステーションシティ顔認証実験に対する意見書


第1 意見の趣旨
 独立行政法人情報通信研究機構が大阪ステーションシティで実施検討中の映像センサー使用大規模実証実験は、その実施如何によっては、独立行政法人等個人情報保護法に違反し、大阪ステーションシティの利用者のプライバシー権を侵害するおそれのあるものであるから、その実施にあたっては、より慎重な配慮を求める。
特に映像センサー使用大規模実証実験検討委員会が平成26年10月24日に公表した調査報告書の提言のうち以下の点を徹底して行うことが必須であると考える。
 ① 「個人識別のリスクを市民に対して事前に説明する」(信頼を得るために執るべき措置3)にあたっては、リスクが小さいことばかりを強調するのではなく、「特徴量情報の生成により複数の監視カメラに撮影された同一人物を識別する」という本実証実験の仕組みの本質を、分かりやすく説明することに力点を置くこと
 ② 撮影を回避する手段(信頼を得るために執るべき措置4)を大阪ステーションの利用に支障がないように確保し、かつ当該回避方法を周知徹底すること
 ③ 映像センサーの存在と稼働の有無を利用者に一目瞭然にする(信頼を得るために執るべき措置5)よう徹底すること

第2 意見の理由
 1 映像センサー使用大規模実証実験の概要は以下の通りとのことである。
独立行政法人情報通信研究機構(以下「NICT」という。)は、大阪ステーションシティにおいて「災害発生時における避難誘導等の安全対策の検討に活用することができる人の流れなどのセンサーデータを把握することができるかどうかの検証」を行うことを予定している(以下「本実証実験」という)。
 そして、「人の流れに関する情報取得」の手段としては「映像解析を用いたマッチング」を採用し、実際に人流統計情報を取得できるかどうか等につき検証するという。ここで「映像解析を用いたマッチング」とは、異なる場所に設置されたカメラで撮影(以下「本件撮影行為」という。)された複数の映像に映った人から外見的特徴(顔特徴量情報等)(以下「本件特徴量情報」という。)を抽出してマッチングを行い、特定人の動きを把握・追跡することで、人流統計情報を取得しようとする方法のことである。
 本件撮影行為の対象となる利用者数は不明であるが、大阪ステーションシティの利用者数は、膨大な数に上ることが想定されるので、本件撮影行為の対象となる一般市民は、相当数に及び、短期間であれ非常に多くの市民の肖像が統一されたシステムのもとで映像情報としてNICTに取得されることになる。

2 本実証実験が学術研究目的であるとしても、次に述べるとおり、本実証実験には法的な問題があると言わざるを得ない。
  (1) 独立行政法人等個人情報保護法違反のおそれ
   ア 本件撮影行為について
   (ァ)本件映像情報の個人情報該当性
   本件撮影行為によってNICTが取得する本件映像情報は、「生存する個人に関する情報」であって、「特定の個人を識別できるもの」であり、独立行政法人等個人情報保護法上の「個人情報」に該当する(独立行政法人等個人情報保護法2条2項)。
   この点、本件映像情報は、「揮発性メモリ上にのみ記録され、およそ10秒以内に消去されるよう設計されている」ことから、「個人情報」該当性について若干の疑義もないではない。 
   しかしながら、独立行政法人等個人情報保護法2条2項には個人情報の保存期間如何によって個人情報概念を制限する明文の規定は存在せず、かつ、保存期間の短さによって不正の手段による個人情報の取得を正当化する合理的な理由もない。
   本件映像情報と本件撮影行為は、独立行政法人等個人情報保護法2条2項の「個人情報」及び同法5条の「取得」にそれぞれ該当すると言うべきである。
   (ィ)「偽りその他不正の手段」該当性
   個人情報は、「偽りその他不正の手段により」取得してはならない(独立行政法人等個人情報保護法第5条)。ここにいう「不正の手段」とは「不適法」よりも広く、「不適正」を含む概念であるとされている。
   本件撮影行為は、利用者による事前の明示の同意を想定していない。そのため、「偽りその他不正の手段」該当性の判断にあたっては、本件撮影行為の目的・方法等、すなわち、個人に関する情報の取得態様が問われると思われる。
   この点、本実証実験の目的は、学問研究目的であることが認められ、社会通念上不適切とは言えないが、一方で学問研究目的であれば、公共の場での撮影行為が一般的に許容されていると言えるだけの社会的なコンセンサスがあるわけではない。
   一方、本実証実験は、その成果である人流統計情報を個人情報に該当しない統計情報であると位置づけながら、統計法における統計情報のように広く一般の利用に供することを目的にしておらず、最終的には民間の私企業である施設管理者の利用に供することに止まっているので、その目的に高い公益性を認めることも困難である。
   また、本実証実験は個人に関する情報の取得が大規模に及ぶという問題もある。
   そうすると、本実証事件の目的だけでは本件撮影行為における個人に関する情報の取得態様の適正さを判断するには十分でなく、本実証実験が全体として「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由」(京都府学連事件判決(最判昭和44・12・24判時536号4頁))を保障する仕組みをどの程度備えているのかが、「偽りその他不正の手段」該当性を判断する重要な要素であると思われる。
   残念ながら、本実証実験においては、せいぜい実証実験が実施されていることが一般に告知される程度で、どのカメラがどの程度の情報を取得しているのか個別に明らかにされることは現時点では予定されていない。
   そうすると、大多数の利用者は、知らないうちに本件撮影行為の対象となり、個人に関する情報を取得されることになるうえ、本件撮影行為があることを知っている利用者も取得されることを望まない場合にそれを拒否することはできず、「何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由」を行使するか否かの選択の自由が原始的に奪われていることになる。
   以上のとおりであり、本実証実験における本件撮影行為の目的・方法等は、現時点では、独立行政法人等個人情報保護法5条の「偽りその他不正の手段」に該当しないと言えるだけの十分な適正さを備えているとは言い難い。
  イ 特徴量情報について
   本件映像情報は、個人情報であり、当該情報から本件特徴量情報を生成する行為は、個人情報の利用に該当する(独立行政法人等個人情報保護法9条)。
  また、本件映像情報から生成された本件特徴量情報もまた個人の身体的な特徴を数値化したものであって、当該個人に特有のデータであることから、特徴量情報のみであってもそれは個人情報であると解すべきである。特徴量情報のみでは個人を特定できないので個人情報には該当しないとの見解もあるところであるが、特徴量情報を用いて他に撮影された映像から当該特定人を抽出することができる限り、いわゆる「顔写真」とその要保護性において変わるところは無い。(人が見て分かるか、機械を用いれば分かるかの差に過ぎない。)
  以上のとおりであり、本件映像情報のみならず本件特徴情報も、その取扱いにおいては、独立行政法人等個人情報保護法の保護対象である個人情報と解するべきであって、その利用及び提供等においては、同法の制限を受けると言うべきである(独立行政法人等個人情報保護法9条等)。
  ウ 開示請求権等への対応
   また、本件映像情報・特徴量情報は、個人情報に該当するので、消去されない間は、保有個人情報として、本人からの開示請求等の対象となる(独立行政法人等個人情報保護法14条等)。
   しかしながら、これらの開示請求等に対する対応について、現段階では、NICTは、何らの情報も公表しておらず問題である。
  エ 以上のとおりであり、本実証実験は、その成果である本件人流統計情報を一般の利用に提供することを予定しておらず、その目的に高い公益性を認めることが困難であって、本件撮影行為は、現状のままでは、独立行政法人等個人情報保護法に違反するおそれがある。また、取得され生成された保有個人情報に関する本人からの開示請求等に対する対応なども明確にされておらず問題がある。
  
 (2) 人格権侵害のおそれ
  ア 本実証実験は、複数台のカメラで撮影した映像を①解析し、各映像に記録された人の「外見的特徴」を把握して(特徴量情報の取得)、②それを用いてマッチングを行い、ある特定の人の追跡を行う(移動経路情報の取得)という点に、単なる監視カメラによる撮影とは質的に異なる特徴がある。この特定と追跡を行うことにこそ、本実証実験の本質があり、こうした特定と追跡をみだりに行うことは、憲法13条が保障するプライバシー権を侵害する。
   (ァ) 本件特徴量情報の取得によるプライバシー侵害
   本件特徴量情報は、人が通常備えている認識力や記憶力というものを超越した精度と内容で把握・記録される特定人の外見的特徴に関する情報であって、本件特徴量情報を用いれば他に撮影された映像から当該特定人を抽出することも可能である。しかも、こうして把握される個々人の外見的特徴は、通常、一生にわたり自ら変更できるものでもない。
   つまり、本件特徴量情報は、単にカメラで撮影された個人の映像というよりも、いわば指紋に類似する情報というべきものなのである。マッチング可能な他の映像が容易に取得可能という意味では、指紋より要保護性が高いといっても過言ではない。
   この点、指紋とプライバシー権との関係では外国人指紋押なつ拒否事件(最判平成7・12・15判時1555号47頁)が参考になる。同事件判決において、最高裁は、「指紋は、指先の紋様であり、それ自体では個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではないが、性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性がある。このような意味で、指紋の押なつ制度は、国民の私生活上の自由と密接な関連をもつものと考えられる。」と述べており、「指紋」を情報として捉えたうえで、「万人不同性、終生不変性」という性質に着目して、「個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性」を指摘している。
   そして、大阪ステーションシティのようないわゆるパブリックスペースであったとしても、一般通常人が、このようなセンシティブ情報についてまで、その権利を放棄しているとは言い難い。たとえば駅の改札で一々指紋が取得され記録されていると考えれば、これに対する嫌悪感は容易に想像できるはずである。本件特徴量情報の取得は、プライバシー権を侵害する。
   (ィ) 移動経路情報の取得による人格的利益の侵害
   本実証実験では、個々人の外見的特徴を用いてマッチングを行い、ある特定の人の追跡を行って人流を把握するという(上記②)。
   しかし、たとえ公道上であっても、通常は、偶然かつ一過性の視線にさらされるだけであり、特別の事情もないのに、継続的に監視されたり、尾行されることを予測して行動しているものではない。(大阪地方裁判所平成2年(ワ)第5031号監視用テレビカメラ撤去等請求事件平成6年4月27日判決)
こうした予想や期待を超えた継続的監視や追跡自体を受けない権利、そういった追跡の客体とならない権利は、憲法13条によって保障されるプライバシー権に含まれる人格的利益というべきである。
よって、本実証実験において個々人の外見的特徴を用いてマッチングを行い、ある特定の人の追跡を行うこと自体も、プライバシー権を侵害する。
  イ この点、映像センサー使用大規模実証実験検討委員会が平成26年10月24日に公表した調査報告書(以下「報告書」という。)は、「特徴量情報や移動経路情報をみだりに取得されない自由は、プライバシー権によって保護される法的利益と考えられる。」とし、上記とほぼ同様の見解を示しながらも、正当な目的に基づく場合であり実施内容と当該目的に合理的関連性があって(報告書の提言する周知方法が適切に実施される限り)一般利用者のプライバシー権との比較衡量上も許容範囲内にあると言えるので、結局、プライバシー権を侵害しないと結論付けている。
  確かに、憲法13条で保障されるプライバシー権と言えども、一定の制約に服することはもちろんであるし、その限界を画するため報告書が提示する規範自体には賛同できる。
  しかし、報告書は、特徴量情報等が短期間で削除されること等を踏まえ、プライバシー権の侵害を最小限度にとどめる配慮がなされているなどと指摘し、プライバシー権の違法な侵害はないとしているところ、本実証実験で侵害されるプライバシー権の内容を軽視していると言わざるを得ない。
  というのも、本件で問題とされる権利は、上記のとおり、①特徴量情報という、指紋以上に要保護性の高い情報を「取得されない権利」なのであり、②移動経路情報取得という形で、「予想や期待を超えた継続的監視や追跡自体を受けない」権利だからである。
  こうした権利の侵害については取得された情報が取得後に短期間に削除されるとしても、その侵害の程度が軽くなるというものではない。たとえば、駅構内を歩くだけで、いちいち指紋を採取されるとすれば、たとえその指紋情報が直ちに削除されるとしても、誰しもが指紋を取られること自体に強い嫌悪感を覚えるであろう。また、駅構内を歩く際に誰かに後をつけられれば、たとえその追跡結果が直ちに削除されるとしても、誰しもが強い嫌悪感を覚えるであろう。
  本実証実験は、結局のところ、こうした情報の取得と追跡をするものである、ということを重視しなければならないし、それでもなお、プライバシー権の侵害がないと評価するためには、こうした本実証実験による権利侵害の内容をより徹底して周知、確実な回避手段を確保すべきと考える。
  ウ 以上の次第であるので、少なくとも報告書の提言する「信頼を得るために執るべき措置」の全てを徹底して実施しなければ、本実証実験は人格権を侵害する可能性があるので、その実施に当たってはより慎重な配慮を求めるものである。

以 上

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