集団的自衛権の行使容認に反対する意見書

集団的自衛権の行使容認に反対する意見書

2014年(平成26年)1月21日

大阪弁護士会 
会 長  福原 哲晃


集団的自衛権の行使容認に反対する意見書


第1 意見の趣旨

当会は、憲法の基本原理を尊重する立場から、憲法前文および第9条によって禁止されている集団的自衛権の行使について、政府が確立した憲法解釈を変更することによって容認し、あるいは集団的自衛権の行使を容認しようとする法律案を国会に提出することに、強く反対する。

第2 意見の理由

1 集団的自衛権(一般に「自国と密接な関係のある外国に対する武力行使を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する国際法上の権利」と定義される。)の行使を容認しようとする政府の動き

2012年12月の衆議院議員総選挙で自由民主党が大勝し、政権与党に復帰したことを契機に、集団的自衛権の行使を容認する動きが急速に進んでいる。

2012年10月31日、当時自由民主党総裁であった安倍晋三氏は、臨時国会の代表質問で、「集団的自衛権の行使を可能とすることで、日米同盟はより対等となり強化される。」と、憲法解釈の見直しを主張した。その後、衆議院議員総選挙で大勝し、内閣総理大臣に就任した安倍氏は、2013年1月13日のNHKテレビ番組で、「集団的自衛権行使の(憲法解釈)見直しは安倍政権の大きな方針の一つ」と述べた。同月17日、日米両政府は、有事の際の自衛隊と米軍の協力の在り方を定めた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を見直す作業に着手し、我が国の集団的自衛権に関する議論も反映しながら進めていく方針とされている。

2013年2月8日、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が5年ぶりに再開された。安保法制懇は、2008年、安倍首相が示した4つの類型(公海上を並走する米国艦艇の防護、米国本土を狙った弾道ミサイルの迎撃など)に関し、政府の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めるよう求める報告書を政府に提出したが、今回は安倍首相が前回示した検討事項に加え、集団的自衛権の行使を法律で認める国家安全保障基本法(2012年7月6日に自由民主党総務会でその概要が決定)の制定など、新たな課題についても検討するよう諮問した。2014年中には首相への報告書をまとめる方針とされている。

安倍首相は、2013年2月に行われたオバマ米大統領との首脳会談で、歴代首相としてはじめて、集団的自衛権の行使容認に取り組む考えを明らかにした。

安倍首相は、2013年8月には、次に述べるとおり、集団的自衛権の行使は許されないと解釈してきた内閣法制局の長官を、集団的自衛権行使を容認する小松一郎氏に交代させ、内閣法制局の憲法9条解釈を変更させる布石を打った。

そして、安倍内閣は、2013年11月には国家安全保障会議を創設するための関連法を、12月には特定秘密保護法をそれぞれ成立させ、集団的自衛権の行使を前提とした法整備を進めている。

2 集団的自衛権に関する政府の従来の見解 

政府は従来から、憲法第9条が戦争を放棄し(1項)、戦力の不保持と交戦権の否認(2項)を規定していることを踏まえて、憲法第9条の下で許容される自衛権の発動は、次の3要件に該当する場合に限定されると解釈している(1972年10月14日参議院決算委員会提出資料、1969年3月10日参議院予算委員会法制局長官答弁、1985年9月27日政府答弁書)。

①わが国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が存在すること、
②この攻撃を排除するため、ほかの適当な手段がないこと、
③自衛権行使の方法が、必要最小限度の実力行使にとどまること、

そして、上記3要件を前提に、政府は、1981年5月29日の政府答弁書において、集団的自衛権について、「わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条のもとにおいて許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない」との見解を表明した。この政府見解と憲法解釈は、40年以上にわたって一貫して維持されている。

すなわち、日本と密接な関係にある外国が他国から武力攻撃を受けた場合に、自衛隊が集団的自衛権を行使してその武力攻撃を阻止することは、上記の①の要件を欠き、自衛権行使の必要最小限度の範囲を超えるため、憲法に違反して許されない、とするのが政府のこれまでの一貫した見解である。

しかも、政府は、政府の憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使が認められるか否かという問題について、「集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ない」と答弁した(1983年2月22日・衆議院予算委員会・角田内閣法制局長官)。さらに、集団的自衛権に関する憲法解釈の変更があり得るのか否かについて、「(政府の憲法解釈は)それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたもの」であり、「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更することは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させますし、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なうおそれもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ましても問題がある」との答弁がなされており(1996年2月27日・衆議院予算委員会・大森内閣法制局長官答弁)、「憲法は我が国の法秩序の根幹であり、特に憲法第9条については過去50年余にわたる国会での議論の積み重ねがあるので、その解釈の変更については十分に慎重でなければならない」(2001年5月9日政府答弁書)として、憲法解釈の見直しに慎重かつ否定的な姿勢が貫かれてきた。

以上が従来の集団的自衛権に関する政府の憲法解釈であり、憲法第9条の改正なしに従来の解釈を変更することに対しては、政府は極めて慎重でなければならないのである。

3 集団的自衛権の行使とされた事例とその問題点

これまでに集団的自衛権の行使とされた事例をいくつか挙げると、次のとおりである。すなわち、1965年のアメリカのベトナム侵攻、1968年のソ連のチェコ侵攻、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻、1981年のアメリカのニカラグア侵攻、1991年の湾岸戦争における多国籍軍の軍事介入、2001年のNATOのアフガニスタン攻撃等である。

これらの事例を見ると、集団的自衛権とは、大国が小国に軍事介入することを正当化する口実として使用されてきたことが判明する。しかも、そのほとんどの事例で、国際社会の平和のためには貢献しておらず、むしろ紛争を悪化させ、泥沼化させる効果を有していたといえる。韓国は集団的自衛権の行使としてベトナム戦争に軍隊を送り、約5,000名の戦死者を出しただけでなく、現在でも枯葉剤の後遺症に苦しむ元兵士がいる。アフガニスタンの混乱は、10年以上経過してもいまだに収まっておらず、収束の見通しもたっていないのである。

我が国が集団的自衛権を行使できることとなれば、中国や韓国・北朝鮮との軍事的緊張を高めて北東アジアの安定を阻害するおそれがある。また、超大国アメリカが起こした戦争に巻き込まれて、我が国の自衛隊員が外国で人を殺し、または自衛隊員が殺される危険性が高まるだけである。

4 集団的自衛権に関する日弁連と大阪弁護士会の意見

日弁連は、2005年11月の人権擁護大会(鳥取)と2008年10月の人権擁護大会(富山)において、憲法第9条の今日的意義を高く評価し、憲法前文に規定する平和的生存権と憲法第9条が、今日きわめて重要な意義を有していることを確認した。そして、集団的自衛権の行使を容認しようとする動きに対して、日弁連は、2013年3月14日、「集団的自衛権行使の容認および国家安全保障基本法案の国会提出に反対する意見書」を発表し、同年5月31日の定期総会では、「集団的自衛権の行使容認に反対する決議」を採択して、政府の憲法解釈の変更ないし立法による集団的自衛権行使の容認に強く反対している。さらに、2013年10月の人権擁護大会(広島)では、「恒久平和主義、基本的人権の意義を尊重し、『国防軍』の創設に反対する決議」を採択した。

大阪弁護士会においても、2002年5月17日の「有事3法案に対する大阪弁護士会声明」において、「個別的自衛権の行使の範囲を超える(自衛隊の活動は)憲法違反と評される危険を免れない」として集団的自衛権の行使は憲法に違反するとの見解を表明した。その後も、2004年6月15日の「有事7法の成立に関する会長声明」において、「憲法に違反することが明らかな集団的自衛権の行使」と述べ、自衛隊による集団的自衛権の行使が憲法に違反することを重ねて表明している。2013年11月16日には、元内閣法制局長官の阪田雅裕氏を講師に招いて「集団的自衛権について考える」とのテーマでシンポジウムを開催し、3で述べた集団的自衛権の問題点について検討し、理解を深めた。

5 国家安全保障基本法案の重大な問題性

2012年7月に、自由民主党総務会が決定した国家安全保障基本法案は、政府が憲法上許されないとしている集団的自衛権の行使を、厳格な憲法改正の手続を経ることなく、法律によって容認しようとするものである。この法案には、次のような重大な問題点がある。

① 第9条違反の集団的自衛権行使を法律で容認

法案第10条は、(国際連合憲章に定められた自衛権の行使)というタイトルのもとに、「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」(1項)を、我が国が自衛権を行使する場合の遵守事項と定めている。つまり、この法案は、我が国が、国際連合憲章が定める集団的自衛権について、憲法第9条の制約なしに行使できることを、当然の前提としているのである。そのうえで、「国際連合安全保障理事会への報告」(2項)や「終了の時期」(3項)、「我が国と密接な関係にある他国と判断できるための関係性」(4項)「被害国からの支援要請の存在」(5項)などの遵守事項を定めている。

このような憲法違反の集団的自衛権を認める法律は、憲法第9条に違反しており、その効力を認めることは許されない。

② 憲法適合性審査の潜脱・・・98条1項違反

内閣が提出する法案に関しては、その憲法適合性の審査を内閣法制局が日常的に行い、これによって、憲法の最高法規性(憲法第98条1項)が担保されている。しかし、自民党は国家安全保障基本法案を議員立法で提出し、内閣法制局による審査を回避する姿勢を示した。また安倍内閣は、内閣法制局長官を交代させ、内閣法制局の見解を変更し、内閣立法として同法案を提出する途を開こうとしている。

このような方法で憲法適合性の審査を潜脱することは、憲法の最高法規性をないがしろにするものであって、とうてい容認することはできない。

③ 後に続く憲法違反の下位法

法案第5条は、「政府は、本法に定める施策を総合的に実施するために必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない」と規定し、さらに第6条は、「国の安全保障に関する基本的な計画を定めなければならない」と定めて、憲法違反の集団的自衛権行使を具現化させる下位法や、自衛隊法の改正を提案している。

たとえば、自衛隊法改正について、我が国に対する武力攻撃事態に際して防衛出動を規定する自衛隊法第76条の次に、第76条の2として集団的自衛権行使の場合の「集団自衛事態出動」を規定し、それを具体化する法律として「集団自衛事態法」を制定しようとしている。

さらに、法案第3条第3項は、「国は、我が国の平和と安全を確保する上で必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる」としている。この点、当会は、秘密保護法制が国民の知る権利を奪い、国民主権をないがしろにする等、日本国憲法の基本原理と根本的に矛盾することから、その国会上程が許されるべきではないことを繰り返し表明し、また、特定秘密保護法の強行採決に対してはこれに断固反対する旨の会長声明を公表している(2011年11月28日付意見書、2012年5月16日付会長声明、2013年9月17日付意見書、同年10月16日付会長声明、同年11月27日付会長声明、同年12月10日付会長声明)。

6 集団的自衛権の行使容認に反対する

憲法前文と第9条が規定している恒久平和主義と平和的生存権の保障は憲法の基本原理である。集団的自衛権の行使が許されないというのは、政府の確立した憲法解釈であり、それを憲法改正手続なくして軽々に変更し、あるいは法律を制定する方法でこれを根本的に変更することは許されない。そのような憲法解釈の変更は、憲法を最高法規と定め(第10章)、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(第98条)、国務大臣や国会議員に憲法尊重擁護義務を課することで(第99条)、政府や立法府を憲法による制約のもとにおこうとした立憲主義に反し、到底許容されるものではない。

憲法改正は主権者である国民に委ねられた重大な権利である。国民は憲法を改正する権限を有するとともに改正しない権限も有するのである。いわゆる解釈改憲は重大な主権侵害と言える。

当会は、憲法の基本原理を尊重する立場から、憲法前文および第9条によって禁止されている集団的自衛権の行使について、政府が確立した憲法解釈を変更することによって容認し、あるいは集団的自衛権の行使を容認しようとする法律案を国会に提出することに、強く反対する。

以 上

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