産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会 「我が国のイノベーション促進及び国際的な制度調和のための知的財産制度の見直しに向けて(案)」の「1.職務発明制度の見直し」について

「我が国のイノベーション促進及び国際的な制度調和のための知的財産制度の見直しに向けて(案)」の「1.職務発明制度の見直し」

2015年(平成27年)1月14日
大 阪 弁 護 士 会

第1 意見の趣旨
 我が国の国際競争力・イノベーションを強化するために、職務発明に関する「特許を受ける権利」を原則として使用者帰属とするとともに、使用者が発明者である従業者等に対して、今後策定されるガイドラインに基づき、「経済上の利益」を付与する義務を課する旨の改正の方向性に賛成する。
ただし、ガイドラインの策定に当たり、法人がインセンティブ施策を構築する際に従業者の納得が十分に得られる手続が明確に示されるとともに、事後の紛争を極力防止するため、事前に外部の意見も十分に徴した上で、インセンティブ施策の構築や運用に関する手続を可能な限り詳細にガイドラインに盛り込むことを要望する。

第2 意見の理由
 1 職務発明制度改正の方向性
 「我が国のイノベーション促進及び国際的な制度調和のための知的財産制度の見直しに向けて(案)」に示された職務発明制度の見直しの方向性は、以下の三点である。
 第一として、「職務発明に関する特許を受ける権利については、使用者等に対し、契約や勤務規則等の定めに基づき、発明のインセンティブとして、発明成果に対する報いとなる経済上の利益(金銭以外のものを含む)を従業者等に付与する義務を課すことを法定する。また、使用者等は、インセンティブ施策について、政府が策定したガイドライン(後述)の手続に従って、従業者等との調整を行うものとする。」である(以下、「方向性1」という。)。
 第二として、「職務発明に関する『特許を受ける権利』については、現行制度を改め、初めから使用者等に帰属するものとする。・・・ただし、特許を受ける権利の従業者帰属を希望する法人(略)については、従前どおり、それを可能とするものとし、本制度改正によって不利益を被ることのないようにする。また、職務発明に関する契約・勤務規則等を有しない法人に対しては、特許を受ける権利が当該法人に自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われ、使用者等と従業者等の間のトラブルの原因となることのないようにする。」である(以下、「方向性2」という。)。
 第三として、「政府は、インセンティブ施策の策定の際に使用者等に発生するコストや困難性を低減し、法的な予見可能性を高めるため、本小委員会等の場において関係者の意見を聴いて、インセンティブ施策についての使用者等と従業者等の調整の手続(従業者等との協議や意見聴取等)に関するガイドラインを策定する。」である(以下、「方向性3」という。)。
  
 2 現行職務発明制度の改正点
  (1) 現行の職務発明制度
 現行の職務発明制度は、大正10年特許法以降、職務発明についての特許を受ける権利は発明者に帰属するとした上で、特許を受ける権利等を使用者等に承継させることを契約・勤務規則等により定めた場合には、特許を受ける権利等が使用者等に承継される(特許法35条2項)。
特許を受ける権利等が使用者等に承継される場合には、発明者は使用者等に対し、「相当の対価」を請求できる(特許法35条3項)。
 そして、使用者等が契約・勤務規則等により職務発明の対価を定める場合には、その協議の状況、基準の開示の状況、従業者等からの意見の聴取等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められない限り、その対価が「相当の対価」と認められる(特許法35条4項)。
 対価に関する契約・勤務規則等がない場合、又は、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められる場合には、裁判所により、「相当の対価」が定められる(特許法35条5項)。
  (2) 現行制度と改正の方向性
 現行制度では、特許を受ける権利が従業者帰属であるが、方向性2では、使用者帰属としている。
 次に、現行制度では、使用者が特許を受ける権利を従業者から承継する場合に、従業者に「相当の対価」を請求する権利が認められているところ、方向性1では、「発明のインセンティブとして、発明成果に対する報いとなる経済上の利益(金銭以外のものを含む)を従業者等に付与する義務を課すことを法定する。」としている。
 さらに、現行制度では、使用者が契約・勤務規則等により職務発明の対価を定める場合に、その協議の状況や従業者等からの意見の聴取等を考慮して「不合理」でなければ、その対価額を「相当の対価」と認めるところ、方向性1及び3では、使用者が方向性3により策定されるガイドラインに従って従業者との調整手続によりインセンティブ施策を構築し、それに従って従業者に「経済上の利益」を付与しなければならないとされている。

 3 特許を受ける権利の使用者帰属(方向性2)について
 現行制度は、職務発明の特許を受ける権利を従業者帰属とし、使用者が契約・勤務規則で当該権利等を承継する旨規定すれば、当該権利等を承継できることを定めている。
 方向性2では、職務発明の特許を受ける権利を使用者帰属とする改正が示されているが、その理由として、第1に「現行制度は、近年のイノベーションの変化の実態に必ずしも対応していない側面があり、いくつかの問題が顕在化しつつある。」こと、及び、第2に「現行制度は、職務発明に係る特許を受ける権利を従業者等から使用者等に承継させる際、イノベーションの障害となりうる問題を発生させていることが指摘されるようになっている。」ことが挙げられ、これらの問題から「企業における相当の対価の算定に係るコストや困難が増大しており、それに伴って、相当の対価を巡る訴訟のリスクが再び高まる恐れがある。」とされている。
 第1の具体的な問題として、①「一般に、企業におけるイノベーションは、一人の発明者が行うよりも、グループ単位で行うことが多く、また、一つの発明を生み出すのに、発明者以外の多くの従業者が協力する場合が一般的である。」こと、及び、②「また、製品の高度化・複雑化により、一製品が数百・数千の特許から構成されたり、一発明が複数人から生み出されたりすることも珍しくなく、しかも、その傾向は、近年、いっそう顕著になっている。」ことが挙げられている。
 企業におけるイノベーションは、新たな発想による製品やシステムを生み出すことによって成し遂げられるところ、特許発明がその重要な要素であることは疑いがないものの、具体的な製品やシステムの完成には、特許発明以外の要素の貢献も特許発明に劣らず重要な要素となっていることや特許発明の完成には、特許法上の「発明者」に該当しない多数の従業者が関与しているものの、職務発明制度において、それらの多数の従業者の貢献は必ずしも評価されていないなどの問題がある。それに加えて、スマートフォンなどの高度な電子製品には、数千の特許発明が実施されていることなどからみても、企業が特許発明の評価のために相当なマンパワーを割き、コストをかけているものの、適正な評価の困難性が増大していることは、本報告書の指摘するとおりである。
 なお、第2の具体的な問題として、いわゆる「二重譲渡」の問題や特許を受ける権利が共有に係る場合の帰属の不安定性の問題が挙げられているが、いわゆる「二重譲渡」の問題は背信的悪意者排除論や対抗要件制度の改正により、また、共同研究に基づく共有の問題は少なくとも黙示の同意が推定されると認められることなどにより解決できる問題であり、現行制度を変更しなくても解決できると考えられる。
 そもそも、職務発明の特許を受ける権利の帰属を従業者とするか使用者とするかは、立法政策の問題である。その際の重要な視点は、職務発明制度の改正が我が国のイノベーションを促進するためであり、本報告書にも記載されているように、企業において、「優れた発明は、会社の経営者と社員が目的を共有し、協働するときに生み出すことができる。」ことであると考える。したがって、職務発明制度の改正は、発明を生み出す主体となる使用者及び従業者のインセンティブを確保する制度の一つとして適切なものとされなければならない。
 現行制度に上記の第1の問題として指摘されている問題があり、発明者のみに特許を受ける権利を帰属させる現行制度により、企業のイノベーションへのインセンティブが損なわれる恐れがあるのであれば、職務発明の特許を受ける権利を使用者帰属とする改正の必要性は是認できる。
 ただし、職務発明制度が発明を生み出す主体となる使用者及び従業者のインセンティブを確保する制度と位置づけられる以上、従業者のインセンティブを損なうことがあってはならないことは言うまでもない。
 なお、従来どおり従業者帰属とすることも可能とするとともに、職務発明に関する契約・勤務規則等を有しない法人に対しては、特許を受ける権利が当該法人に自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われないようにする措置を講じる(仮に、当該法人に特許を受ける権利が自動的に帰属する場合には、発明者に経済上の利益が確実に与えられる措置が必要である。)ことも必要であることに異論はない。

4 「経済上の利益」付与義務(方向性1)及びガイドライン(方向性3)について
 (1) 「経済上の利益」付与義務について
 現行制度は、職務発明の特許を受ける権利が使用者に承継された場合、従業者に対して、「相当の対価」を受ける権利を付与している。
 方向性1では、使用者に対し、発明成果に対する報いとなる経済上の利益(金銭以外のものを含む)を従業者等に付与する義務を課し、かつ、インセンティブ施策について、政府が策定したガイドラインの手続に従って、従業者等との調整を行うとされている。
 現行制度は、特許を受ける権利の「相当の対価」が従業者に保障されているが、方向性1では、「経済上の利益」とされ、特許を受ける権利の「相当の対価」請求権ではないことから、方向性1により、従業者に対する保障が切り下げられるのではないかとの疑問がある。
 この点について、本報告書は、「本見直しは、インセンティブの切り下げを目的とするものではなく、企業の国際競争力・イノベーションを強化するうえでは、研究者の研究開発活動に対するインセンティブを確保することが大前提であるという視点を欠いてはならない。」としており、発明者である従業者に対する発明成果に対する報いが現行制度よりも劣るものであってはならないことが示されていることは評価できる。
 前述のとおり、職務発明制度の改正は、発明を生み出す主体となる使用者及び従業者のインセンティブを確保する制度の一つとして適切なものとされなければならないのであり、従業者のインセンティブを切り下げてはならない。
 発明者に対する報いとしての「相当の対価」請求権に代わるものとしての「経済上の利益」は、括弧書で示されているとおり、金銭以外のものも含む概念であり、例えば、企業内での処遇、表彰などの名誉についての種々の措置や金銭面でも賞与、一定の条件による報奨金、発明者に対する研究費の増額などが考えられる。
 このような多種多様の措置が導入されることにより、従業者に対して直接支払われる金額は、現行制度よりも低い額となることが予想されるが、それらの非金銭的措置を金銭的に評価することが困難であるため、現行制度と比較して、従業者に対する保障が切り下げられたかどうかの判断も困難になるおそれがある。
 しかし、使用者にとって国際競争力・イノベーションを強化するために、従業者のインセンティブを確保して発明の創出を促すための施策を策定することは使用者の利益でもある。また、全ての従業者が発明成果に対する報いとして、必ずしも金銭のみを求めているわけでもない。さらに、小委員会での使用者及び従業者の利益を代弁する立場の有識者も含めて議論された結論である。以上の諸点に鑑み、従業者に対する保障が現行制度から切り下げられたかどうかを問題にするのではなく、むしろ、使用者が従業者との十分な協議を経て、従業者の納得を得られる発明成果に対する報いとなるインセンティブ施策を構築することこそが望ましいと考えられる。
 そして、インセンティブ施策として多種多様な内容を包含する「経済上の利益」を認める以上、使用者は、自主的に従業者が十分に納得できる施策を策定することが期待されるが、その法的担保として、特許法及びそれに基づくガイドラインによって、明確な手続基準が定められる必要がある。
 なお、現行法における「相当の対価」については最終的には裁判所が決するものであるが、「経済上の利益」付与義務についても、当該義務を使用者等が履行しているか否かについては最終的には司法判断に服する旨明らかにしておくべきであろう。

 (2) ガイドラインについて
 方向性3では、「政府は、インセンティブ施策の策定の際に使用者等に発生するコストや困難性を低減し、法的な予見可能性を高めるため、本小委員会等の場において関係者の意見を聴いて、インセンティブ施策についての使用者等と従業者等の調整の手続(従業者等との協議や意見聴取等)に関するガイドラインを策定する。」とされている。
 現行制度は、契約・勤務規則等において職務発明の対価を定める場合に従業者との協議や意見聴取等の手続を求めているところ、それらを総合的に考慮して不合理ではないと評価される必要があり、手続の詳細や「不合理ではない」との規範が必ずしも明らかではないため、予見可能性が高くないとの意見が出されている。
 方向性3におけるガイドラインもインセンティブ施策策定や運用について従業者との協議や意見聴取等を求めることになるが、現行制度の問題を踏まえて、手続の詳細を明らかにして、予見可能性を高める必要がある。
 ガイドラインの内容は今後の検討に委ねられるが、従業者のインセンティブを確保するために、インセンティブ施策の構築過程で従業者の意見を十分に取り入れて従業者の納得を得ることが必要であり、また、使用者のインセンティブを確保するために、構築されたインセンティブ施策の内容が後日問題にされないよう、インセンティブ施策の構築や運用に関する手続を可能な限り詳細にガイドラインに盛り込むことを要望する。なお、ガイドラインの策定に当たり、小委員会の委員のみの意見によるのではなく、事前に幅広く外部の意見も十分に徴することが必要であると考えられるため、そのような機会を設けられたい。
                           
以 上

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