産業構造審議会・知的財産分科会 営業秘密の保護・活用に関する小委員会 「中間とりまとめ(案)」(平成27年1月)に対する意見書

営業秘密の保護・活用に関する小委員会 「中間とりまとめ(案)」(平成27年1月)に対する意見書

2015年(平成27年)1月27日
大阪弁護士会

1 はじめに
 産業構造審議会・知的財産分科会 営業秘密の保護・活用に関する小委員会「中間とりまとめ(案)」(以下、「本とりまとめ案」という。)は「営業秘密の漏えいを防止するためには、我が国企業がその業態や規模等に応じて、その保有する営業秘密の漏えい防止対策を効率的にかつ効果的に実施しうる環境整備」を行うとともに「不正に営業秘密を侵害する行為については、制度面から抑止力を刑事、民事両面で、引き上げていく必要がある」との認識のもとに各種の施策を提案している(同3(1))。
 これら施策のうち、「営業秘密管理指針の改訂等」(同3(2)①)については、すでに行われたパブリックコメントに対して、すでに別途当会の意見(平成26年12月5日付)を提出しているので、今回はその余の施策につき意見を述べることにする。

2 「中小企業等に対するワンストップ支援」(同3(2)②)について
 本とりまとめ案では「中小企業を対象に、権利化・秘匿化、オープン・クローズ戦略を含めた知的財産の保護・活用に関する支援体制を構築する」ために、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)において「企業OBや弁護士、弁理士等に相談できる体制を構築する」ことを提言している。
 勿論、中小企業が有する知的財産の保護に関しては上記のような相談窓口による相談がまず必要な第一歩であることは間違いないが、「営業秘密の保護のための環境整備」、とりわけ企業内部における秘密情報の適切な管理及び活用は一朝一夕に達成されるものではなく、長期にわたる企業努力が必要である。
 そこで、このような企業努力を支援するためには、ある程度の期間、弁護士、弁理士等の専門家が継続的に対象企業の相談に応じ必要な支援活動を行うことが必要である。
そのためには、すでに存在する専門家派遣制度の内容をより拡充し、営業秘密および個人情報を含めた情報管理に特化した専門家派遣及び支援制度を設ける必要がある。
 なお、弁護士会ないしは弁護士による知的財産保護のための支援活動として、弁護士知財ネットをはじめ各地方の経済産業局や発明協会あるいは地方公共団体と弁護士会等の専門家団体が共同して行う知的財産に関する相談・支援・啓蒙活動、さらには複数の単位弁護士会で実施されている知的財産相談等の活動があり、これらの活動を通じて多数の弁護士が営業秘密の保護をはじめとする知的財産法に関する専門知識を習得し、かつ民法・商法(会社法)、労働法・経済法を含めた幅広い法的視点から企業法務(企業知財法務)に対応することができる能力を有している。
 よって、このような人的資源を有効に活用することが必要であり、またそのような施策を直ちに実行されることを希望する次第である。

3 「制度面での抑止力向上」(同3(3))について
 (1)刑事罰の強化(同3(3)①乃至③)について
 本とりまとめ案は、営業秘密の侵害に対する抑止力向上の見地から、刑事処罰に関しては、①処罰範囲の拡大(国外犯・未遂行為・転得者の処罰・営業秘密使用物品の譲渡・輸出入等の処罰)、②法定刑の上限の引上げ、③非親告罪化等の改正を行うように提言している。
 しかし、国外犯の処罰規定の導入には賛成するが、その他の刑事処罰規定の強化の必要性や妥当性については大いに疑問がある。
 そもそも、平成2年の不正競争防止法改正による営業秘密侵害規定の導入及び同5年の不正競争防止法の大改正の際にも、営業秘密の侵害に対して刑事処罰規定の導入が検討されたが、周知商品等表示混同惹起行為(現不正競争防止法2条1項1号)や原産地・出所地等誤認惹起行為(現不正競争防止法2条1項13号)等の不正競争行為は各々の表示主体の経済的利益の侵害のみならず商品の出所や原産地等に関する需要者の信頼の保護という公益的な法益をも侵害するおそれがあるのに対して、営業秘密侵害行為を規制することによって保護されるのは主に保有者の私益的(経済的)法益であり、かような私益的な法益の侵害に対する刑事処罰は謙抑的であるべきこと、および不正競争防止法によって保護される営業秘密の外縁や内容が一義的に明確であるとは言い難い状況のもとで刑事処罰規定を導入するとその処罰の範囲が不明確となり罪刑法定主義の原則にも反するおそれがあること等の理由により、刑事処罰規定の導入が見送られた経緯がある(上記のような改正の経緯については、通商産業省知的財産政策室監修『営業秘密-逐条解説改正不正競争防止法』(有斐閣、1990年)、同『逐条解説不正競争防止法』(有斐閣、1994年)等参照)。
 しかし、その後、営業秘密侵害事件に関する民事訴訟判決の増加により営業秘密保護制度の導入時に比べて保護対象となる営業秘密の範囲が明確となってきたという事実に加えて、悪質な営業秘密の侵害例が後を絶たず、民事的な規制のみでは十分な抑止効果がないことなどを理由として、平成15年の不正競争防止法改正により主観的要件等を加重した侵害類型に対して刑事処罰規定が導入され、その後、平成17年、平成21年の二度の改正を経て、その処罰対象行為の範囲が拡大されるとともに法定刑の上限も引き上げられたのである。
 このような立法経緯に鑑みると、営業秘密の侵害に対する抑止は第一義的には民事法的な救済手段の充実によって達成すべきであり、刑事処罰は、民事的な救済手段ではその抑止が難しい悪質な侵害類型と組織的な侵害類型に限られるべきである。
 ただし、IT環境の変化等に伴い、海外への情報流出が容易となっている現在の状況を踏まえれば、営業秘密の不正取得・領得の処罰対象を国内犯に限定する理由は乏しくなってきていると認められる。それゆえ、国外犯の処罰規定の導入には賛成するが、本とりまとめ案における国外犯が、刑法2条にいう国外犯を意味するのか、同法3条または3条の2にいう国外犯を意味するのか不明確である。あくまで国内における営業秘密を保護する観点からは、同法3条及び3条の2における国外犯に限定すべきであり、  その旨明示しておくべきであろう。
 また、営業秘密侵害罪に対する法定刑は現在でも侵害者個人に対しては「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」であり、他の不正競争行為に対する刑事処罰規定(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金)に比べてかなり重くなっている。
 また、刑法上の財産犯である窃盗罪(刑法235条)と比べても懲役刑の長期は同等であるが罰金刑の上限は営業秘密侵害罪の方が重くなり、背任罪(同247条)や横領罪(同252条)に比べると懲役刑の刑期の長期が2倍となっている。
 さらに典型的な企業犯罪である取締役の特別背任罪(会社法960条)と比較してもその法定刑が同一である。
 以上のように、営業秘密の侵害者に対する法定刑は、他の財産犯や企業犯罪の法定刑と比較しても十分な抑止力を有しており、仮に現在の法定刑の上限を更に引き上げるとすれば他の経済犯罪、企業犯罪の法定刑との間における罪刑の均衡を失するおそれがある。
 よって、少なくとも現在以上に法定刑を加重する必要はない。
 なお、平成15年改正後、しばらくの間は、被害企業による営業秘密の管理が不十分であったことや侵害行為を立証する証拠の入手が困難であったこと等の理由によって刑事処罰が行われた事案はほとんど存在しなかった。しかし、近年、企業における営業秘密の管理体制が整備されるにしたがって、刑事告訴等の件数も増加する傾向にある。その結果、最近ではNAND型フラッシュメモリーに関する研究データが業務提携先の企業の社員によって不正に複製し持ち出された事例、教育関係事業を営む企業が有する顧客情報等のデータをサーバー等のメンテナンスを委託された事業者の従業員が不正に複製して名簿業者等に販売した事例、あるいは、家電等の販売を行っている大手量販店が保有する住宅修理等の業務に関する事業計画に関するデータを元従業員が従業員であった際に付与されていたID・パスワードを使用してそのサーバーに不正にアクセスして取得した事例等のように、営業秘密の侵害罪を被疑事実として摘発された事例が相次いでいる。
 したがって、このような刑事手続の今後の推移を注視しつつ、刑事処罰の強化が営業秘密に対する侵害犯罪の抑止にとって有効か否かを慎重に検討する必要があり、現時点においてただちに未遂行為や転得者等まで処罰範囲を拡大しあるいは重罰化をはかる必要性はない。
(2)「民事規定(被害企業の立証負担の軽減)」(同2(3)⑤)および別紙「営業秘密侵害訴訟における立証責任の転換(制度イメージ)」について
 ア、物の生産方法等の営業秘密に関する立証責任の転換に関して

 本とりまとめ案では、営業秘密侵害訴訟における立証責任の公平な分担の見地から、「技術上の営業秘密(物の生産方法等)の使用に関する営業秘密侵害訴訟」について、原告が、
 ① 被告による②の営業秘密の不正取得(法2条1項4号)又は悪意重過失での取得(同条項5号、8号)があったこと
 ② 物の生産方法の営業秘密であること(生産方法以外の技術上の営業秘密(物の分析技術など)についても引き続き検討)
 ③ 被告がその営業秘密を使用する行為により生じる物の生産等を行ったことを立証したときは、「被告の物に原告の営業秘密を使用したことを推定し、被告に立証責任を転換する。」との構想に基づいて推定規定の導入を提言している。
基本的には、かような規定の導入には賛成であるが、規定の導入に当たっては、以下のような点に留意すべきである。
 (ⅰ)営業秘密の特定
類似の推定規定は特許法にも存在する(特許法104条)。ただ、特  許侵害訴訟(物の生産方法に関する発明に係る特許権の侵害訴訟)においては、特許発明の技術的範囲が願書に添付された「特許請求の範囲」の記載、明細書の記載、図面等により、ある程度明確にされているため、被告が自己の製品が当該特許発明の技術的範囲に属さない生産方法により生産されたことを反証することは比較的容易である。
 これに対して、営業秘密はその内容や外縁が必ずしも明確でない場合があり、侵害訴訟が提訴された後においてもその内容や外縁が明確に特定されるとは限らない。
 すなわち、訴訟の原告は、訴訟における主張・立証を通じて被告にいまだ知られていない原告の営業秘密(対象となる営業秘密の一部を構成する秘密情報)が開示されることをおそれるあまり、訴訟戦術として、営業秘密の特定に必要最低限の事実のみを明らかにし、訴訟の追行に応じて逐次その内容や外縁を明確にする場合も考えられる。
 仮に、原告の営業秘密の内容や外縁が不明確なまま、上記のような推定規定が適用されると、被告は、原告の物の生産方法に関する営業秘密と異なる方法で物を生産することを反証する際にどの程度自己の生産方法を明確に主張・立証すれば足りるのかについて判断することが困難になるおそれがある。
 また、被告が本推定規定の適用を免れるため自己の生産方法の詳細な内容を開示して反証を行わなければならないとすれば、被告は原告にも知られていない自己の営業秘密の開示を事実上強制されることにもなりかねない。
 この他、原告は、営業秘密の対象となる生産方法のうち詳細な生産工程を明確にすることなく、上記推定規定の適用を主張し、被告において原告が主張していない詳細な生産工程を明らかにして反証を行った後に、原告が当初主張した生産方法には、被告が反論・反証の際に明らかにした詳細な生産工程が含まれると主張することも考えられる(いわゆる「後出し」主張)。
 したがって、原告は、この推定規定の適用を求めるならば、その前提として、自己の営業秘密の内容を明確に特定して主張し立証することが必要である。
 (ⅱ)上記③の要件中の「営業秘密を使用する行為により生じる物」の範囲が不明確であること
 この要件の意義については、本とりまとめ案では「原告営業秘密と被告生産物との間の相当の関連性を要求し、それが希薄な技術を排除する趣旨を有する」と説明している(同23頁)。
 特許法104条は発明の内容を「物を生産する方法の発明」に限定するとともに、「その物が特許出願前に日本国内において公然と知られた物でない」ことを要件とする事により、物の生産方法の発明と物との関連性に絞りをかけている。
 勿論、営業秘密においては「出願」という明確な基準が存在しないので、上記のような特許法104条の要件をそのまま適用することはできないが、少なくとも被告が「物」の生産を開始した時点において、当該「物」を生産する方法としては、原告の営業秘密に属する生産方法以外の方法が公知となっていない等の要件によって両者の関連性に絞りをかける必要があるのではないかと思われる。
イ、その余の侵害立証制度の活用 
 以上の様に考えると、上記の様な推定規定を設けたとしても、営業秘密侵害訴訟の原告(被侵害者)の立証上の負担をさして軽減することにはつながらない。むしろ、秘密保持命令等の営業秘密保護手段を活用しつつ、具体的態様の明示義務(不競法6条)や侵害立証のための書類提出制度(同7条)等の機能強化が図られるべきであろう。

以上

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