弁護士会から

広報誌

オピニオンスライス

サントリーホールディングス株式会社 副会長
大阪商工会議所 会頭

鳥井信吾さん

TORII, Shingo

サントリーホールディングス株式会社(以下「サントリー」)の代表取締役副会長であり、昨年3月から大阪商工会議所(以下「大商」)の会頭をお務めの鳥井信吾さんに、企業人にとどまらず対外的にも開かれた活動をされてきたご経歴を踏まえて、お話を伺いしました。

マスターブレンダー

まず最初に、鳥井さんは、サントリーにおいては、どのような領域に取り組んでこられたのでしょうか。

主に生産です。中でもウイスキーが中心で、長く携ってきました。

2002年にサントリーのマスターブレンダーに就任されましたが、これはどういったお仕事なのでしょうか。

ウイスキーの味や香り、つまりその美味や風味について、中長期の方向性を位置づける役割を担います。

以前、鳥井さんが「酒づくりとは文化そのもの」とおっしゃっていたのをお聞きしたことがあります。これはどういった意味なのでしょうか。

文化と違う概念として文明がありますね。文明は科学に近いと言えます。文明は土地固有のものではなく、科学のようにどんどん展開して世界中に広まっていき、スピードが速い。これに対し、文化も広がってはいくのですが、極めて土地に固有なものでしょうか。科学が対象にしているのは物質で、化学式とか数式や方程式で表現できますが、文化は非物質というか、五感とか体験とか手仕事から生まれてくる、職人の仕事になりますね。お酒は、文明や科学というより文化的な産物だと思います。また、お酒は嗜好品ですね。なくてはならないものではなく、なくても生きていける。でも、あったほうが人生を豊かにする。そういう意味で、より心の中に入り込んだ文化に近いものだと思います。

マスターブレンダーとしてお酒の中長期的な方向性を位置づけるということでしたが、その中で、お酒の在り方とか社会での受け入れられ方、意味づけということも考えられましたか。

お酒というのは直接に五感に反応します。口と鼻の中に入って、香りと匂いと味を感じる。感覚を感知するレセプターに物質が入って、神経を通して脳の中でイメージされるという意味では物質的な側面があるのです。ワインはブドウ、ビールは大麦、ウイスキーも大麦、とお酒の原料はいろいろありますが、そのように植物の原料や酵母の発酵からつくられる「モノ」はあくまでも物質で、それがレセプターを通じて脳に刺激を与え、味と香りをつくっているという意味においては物質なのですが、心の中でお酒は物質のように振る舞わない。

そういう振る舞いが感性に訴えたりするわけですね。

そうなんです。サントリーはスコットランドからウイスキーづくりを学んで、昔のやり方でやってきたんですけれども、この50年でそのスコットランドに百幾つあった醸造所が大手企業にどんどん買収されていった。大手企業の傘下に入ってしまうと、どんどんつくる工程を合理化して不合理な工程を全部やめていくので、品質が変わっていく。サントリーはそれに気がついて、むしろ昔にバックしている。効率は悪いけれども、その方が品質にバラエティが出て良いウイスキーになる。ウイスキーは、樽の中で熟成するので、5年後、10年後に差が出てくることがわかる。

例えば、蒸溜するときに、ガスバーナーなどの直火で釜を直接に焚くのと、スチームを通して暖めて間接に蒸溜するのとでは、できるウイスキーは違ったものになる。

最初は分からなくてもやっぱり差が出る。このようなことは、大麦を麦芽にするモルティングの方法についてもいえることです。古式にのっとった方が、良きウイスキーになる。でもこれは、簡単にはわからないですね。時間がかかりますから。

やってみなはれ!

サントリーの創業者であり鳥井さんのご祖父様である鳥井信治郎さんの「やってみなはれ!」という言葉は非常に有名ですが、鳥井さんはこの言葉を含めて、サントリーの創業者とか先人の教え、あるいは家訓のようなものについて、どのように受け止めておられるのでしょうか。

「やってみなはれ」というのは、「やってみな分かりまへん」という言葉が続く。やってみないと分からないし、やってみたら分かるから次がやれるということですね。分からなければそれで終わってしまう。やってみるということはすごく勇気が要るし、面倒くさいし、しんどいことでもある。でも、やってみたら結果が分かるので、それでいい結果が出れば、次に行こうかという動機につながっていく。悪かったら引き返したらいいわけです。引き戻せないところまで行ってしまったら危ないけれども、慎重でありながらも、やっていく。そして「わかる」ことが「勇気」につながります。

鳥井信治郎は、もう一つ、私の事業、つまり、洋酒とかウイスキーとかビールとか飲料とかの事業は「天地の報恩である」と言います。そして、「私が父と母から受けた恩、天地、自然から受けた恩、その恩を返すのが私の事業である」と続けている。事業や企業、ウイスキーはプライベートなものではない、個人を超えたものであるということを彼は言いたいんじゃないかと思います。

松下幸之助さんも、「会社は天下の公器」である、「会社が天下の公器でないならば私は松下電器を解散して元の無一文に戻る」、と激烈なことを言っていますね。そういう気持ちを常に持っているというのはすごいなと。大きな教訓かなと思います。なかなかそんなふうにはなれませんけれども、明治生まれの企業家の考えとして、鳥井と松下は繋がっています。これは、どうしても次の世代に繋いでいくべき考え方だと思います。

基礎研究の大切さ

鳥井さんは、サントリー生命科学財団の評議員会の会長もお務めですが、そのお立場から、基礎研究の大切さを強調されていたのをお聞きしたことがあります。

基礎研究は時間がかかって、すぐに答えが出ません。ウイスキーと同じですね。富士山のように高いピークをめざすことでしょうか。時間がかかるし、結果も分からないけれども、もう一つ上の目的を見つけることができる。基礎研究をやめてしまうと、ピークが低くなってしまって、結局裾野も小さくなってしまうし、まとまりが小さくなってしまう。イノベーションが出てくるのはピークが高くなって底辺も広くなった時で、そこからまた新しいピークができる可能性が出てくる、それが基礎研究だと考えます。

 ウイスキーづくりは100年になるんですけれども、100年かかってもまだ謎だらけというか、全然わかっていません。ビールは人類がつくってから1万年ぐらいになるのですが、やはり全然分かってない。謎だらけです。ウイスキー、ビール、ワインは簡単につくれると思われているかもしれませんが、全くそんなことはなくて、わらかないことだらけなのです。東レが炭素繊維をつくるのに40年、スティーブ・ジョブズがマッキントッシュをつくってからiPhoneまでも40年ぐらいかかっていますね。時間がかかるから基礎研究なんかやめてしまえとなったら、何も出てこなくなってしまうんじゃないかと思います。

名誉領事

鳥井さんは、在大阪デンマーク王国名誉領事とか在大阪スペイン王国名誉領事をお務めになっておられますが、どのようなご縁で就任されたのでしょうか。

サントリーはビールづくりを60年前にデンマークから習いました。フランス、スペイン、イタリアはワインの国で、ドイツ、チェコ、オーストリア、ベルギー、イギリスはビールの国です。ビールの国はゲルマン系が多い。気候によってブドウができるか、大麦ができるかという差で、ライン川辺りが境みたいです。サントリーは北欧のデンマークからビールづくりを習ったので、そのご縁で名誉領事を引き受けています。

名誉領事といいましても、ちゃんとデンマーク女王から認証を受け、正式に任命されて、ビザやパスポートの発行のサポートや、国政選挙、EU選挙の在外投票などをやります。在日デンマーク人、スペイン人の転勤の手続き、または色々な心配事の相談にのったり、大使館とやり取りしながら実際の領事業務をやっています。

スペインは、歴史のある国で、スペインワインをたくさん輸入しています。また、ビームサントリーというアメリカのスピリッツメーカーのヨーロッパの本社をスペインのマドリッドに置いているというご縁もあって引き受けました。

デンマークに学ぶ

鳥井さんはデンマークという国について、どんなふうにお考えですか。

デンマークは人口が約500万人で大阪府より小さいんですが、ニッチ産業で強く生きている国なんです。例えば風力発電では世界一ですし、海運も世界一、補聴器、乳酸菌、インスリンなどの医薬品、DXなどの分野でも世界一ですし、農産物も高級ロースハム用豚肉が世界一です。いろんなサニタリーや品種改良をして、高級且つ清潔なサニタリー豚肉で世界一なんです。あと、北欧デザインのトップですし、世界ランキング1位に10回ぐらい輝いたレストラン「noma」があったりと、独特の文明、文化がある。

ニッチに特化して、できることからやるという点で、関西も学ぶべきことがあるように思います。

大阪青年会議所時代

鳥井さんは1993年度に大阪青年会議所の理事長を務められました。青年会議所時代のことでご記憶に残っていることはいろいろおありかと思いますが、いくつかお聞かせいただければと思います。

その頃にできた友人が今でもたくさん残っていますし、大商にもたくさんおられまして、今助けてもらっています。相談できる人が社外にいるというのは財産です。その時にいろんなものを見ましたし、バブルの崩壊もありました。

また、海外で奉仕活動をしたことは、私の人生にとって大きな経験になりました。

たとえば、タイにあるコンケンという貧しい地方で、住民の自立を支援するために植樹をしたり、衛生環境を改善するために小学校に貯水タンクをつくったりしたことはよく覚えています。

それから、フィリピンのスモーキーマウンテンの貧しい集落にロックスターを呼んできて、そこの子どもたちと一緒にディスコダンスを踊ったこともありました。皆ものすごく喜んでいました。何より子どもたちの目が澄んでいたことが強く印象に残っています。吸い込まれるような黒い瞳がキラキラしていました。

あと、関西国際空港の開港(1994年)を前に、シンガポールを訪問し、空港の利便性や都市計画について勉強したこともよく覚えています。チャンギ空港は、シンガポールが国家戦略的にハブ空港と位置づけて、そのための投資も努力も惜しまない。その結果、シンガポールは発展しました。

シンガポールにしてもデンマークにしても、我々が学ぶべきところがいっぱいあります。

大阪商工会議所会頭として

鳥井さんは昨年3月に大商の会頭に就任されました。大商は約3万もの会員で構成されていて、多様な活動を通じて会員企業の成長、地域の発展に貢献する地域総合経済団体であると承知しておりますけれども、大阪の抱えている課題に対しどのように取り組んでおられますか。

大商では、種々の課題に対して、250名の優秀な職員がたくさんのプロジェクトを同時並行的に動かしています。

1つは、「町工場ネットワーク」というもので、町工場と町工場、町工場とスタートアップをネットワークしていく、既存の中小企業同士、大きめの企業と中堅の企業と、大学と研究機関を掛け合わす。いろんな掛け合わせ、多様な掛け合わせをすることによってイノベーションを起こしていこうという新しい試みです。

大阪には大学など研究機関がそろっていて、基礎生命科学の分野では世界最先端を行っています。先端医療やウェルネス・スポーツ産業の新しい波をおこしていこうというプロジェクトもあります。医工連携という言葉が今流行っていますが、中堅企業の新しい動きに融合させてやっていこうとしています。

他に、「優しい病院」という考え方を大商でこれからトライしようとしています。大阪では、万博会場とうめきたが国家戦略特区、スーパーシティに指定されたのですが、データ交換などが大きく規制緩和されます。この緩和によって「ウェルネスシティ大阪」というプロモーションをやっていくこともできます。

「艸居庵記」

精力的に取り組んでおられますね。イノベーションを起こすには、あるいはイノベーティブであるためにはどうあるべきとお考えですか。

私が愛読している「艸居庵記」という私家本があるのですが、大工として50年間やってきた藤井喜三郎という大工の棟梁が、仰木魯堂という茶室設計家について書いているんです。ちょっと引用しますと、「厳密な仕事をしていたのでは、庭園を含む数寄屋建築の総合的構想は具体化できないのであります。そこでは発想の基盤が、まったく違わなければならないからであります。数寄屋と庭、茶室と露地、これは心の充足と内省をすすめ、魂を蘇生へと導く別天地であります。露地にすえられた一つの石、手の平に乗るほどの下草にいたるまで、心の開放と安息とを促すものであります。そこにたちこめる気は、即物を超越した心をさらに浄化へと導きます。」「どこまでも精巧を追求する仕事と人心に深くかかわらなければならない仕事とでは、境界がおのずから違って参るはずであります。秀いでた仕事はどれも同じとすると考えがありますが、一面は当っておりますが、完全とは申せません。それぞれの仕事によって、心の仕組みが違わなければならないからであります。」と書いています。

これは大工さんである著者が、「秀でた仕事」はどれも同じであるという考えがあるというのはそのとおりだけど「心の仕組み」が違わなければならないと言っているわけです。イノベーションには、あくまで精巧さを追求するという面と大胆に構築するという面の両方がないといけない。それが1人の人間の中に矛盾しながらもうまく共存し、おさまる必要がある。スティーブ・ジョブズも1人ガレージでやっていたのが、いつの間にか世界を変えた。鳥井信治郎も松下幸之助も1人で始めたわけですが、それがいつの間にか新しい世界を創った。それがイノベーションであったと思います。

「挑戦都市 やってみなはれ!大阪プラン」

先般発表された大商の中期計画では、大阪・関西万博の機会を活かし、大阪の国際競争力と持続的成長を目指す、とされていますが、社会課題の解決に貢献するイノベーティブな産業の集積を目指す価値創出・課題解決プロジェクトが大きな柱の1つとされていますね。

人類はイノベーションによって生き残ってきたということであるならば、「大阪という町はイノベーティブな町であることがわかれば、日本中から、また世界からも、若い才能のある人が集まってきてくれる」と思います。大阪には歴史も文化もありますから、これにイノベーティブがつけば、言うことはないんじゃないかと思います。もともと大阪は、イノベーティブな町でした。だから大阪は発展した。再びイノベーションが大阪の特徴になってくれるといいなと思います。

大阪・関西万博

万博は最大の機会ともいえますね。

はい。「イノベーティブ都市大阪」を売り出す最大のチャンスですね。184日間に150か国の人が1か所に集まるという機会はまず来ないですから。

大商は、万博への出展にはどのような関与をされるのでしょうか。

大阪府と大阪市がやる大阪パビリオンで、26あるテーマに沿って中小企業がつくったものを入れ替わり展示をするということをやろうとしています。その募集を、大商と大阪産業局などと一緒にやることになっています。大商自身のテーマもあり、4つのテーマを大商が主管します。

「大阪ヘルスケアパビリオン」での出展ということですか。

そうです。ヘルスケアに限らず、週替わりで内容を替えていくんです。見本市のようなものになります。具体的には、ウェルネスオフィスというものがあったり、メンタルヘルスのテーマがあったり、まち工場ネットワークを使って中小企業を巻き込んで、お客さんのニーズに合ったものをつくっていく等の取り組みがあります。そういうテーマの中で答えを出してもらうということになります。

お祭り

万博以外に、大阪を活性化するためにお考えのことはありますか。

一つは、大阪の歴史的なお祭りですね。天神祭は、世界最大級の「船のお祭り」なんです。このコンテンツを生かして大阪のまちをつくっていく。商売繁盛の十日戎もそうです。天神祭は疫病退散、十日戎は商売繁盛ということで、世界中の誰が聞いても分かる非常にシンプルな概念だから、外国の方にもすごく通じる。既に大阪の中に根づいているお祭り、フェスティバル、それは目で見えるわけで、これほどインパクトの大きなものはありません。冬、お正月の商売繁盛の笹持ってこいというお祭りと、夏の真っ盛り、光と水を体現している天神祭。菅原道真の怒りが怨霊になって都へ復讐する、その魂を鎮めるためのレクイエムです。それが疫病退散になるし、学問の神様だから科学技術のイノベーションを起こしてくれるということになるので、外国の人だって面白いと思ってくれる。

社外役員

話は変わりますが、鳥井さんは、他社の社外役員も複数、務められています。そのようなご経験を通して何か感じておられることがありますか。

社外役員というのは普段その会社にいませんし、会社の中まで入りこむことは難しい。しかし、それぞれ社風があって、歴史があって、社員の雰囲気も全部違うということがよくわかります。

サントリーとはまた違う企業文化を感じられますか。気づきとか刺激とか受けておられると思うのですが。

雰囲気は違いますし、カラーがありますね。うちのほうが一歩先を行っているなというところもあるし、向こうのほうが一歩先を行っているなというところもあります。

例えばA社は、社長の方針で、あまり利益は上がっていないけれども、小さいことにいっぱい手を出している。それで人が育っていますね。そこはうちと似た社風やなと思います。

B社は、現場とか労働組合を大事にしています。役員が居並ぶ会議で、現場でものづくりをやっている若手社員に発表させたりということもしていて、これはこれでまた鍛えられますね。

最後に、弁護士や弁護士会に対してご要望とかご感想がもしありましたら。

個人的な印象ですが、アメリカの弁護士と日本の弁護士は大分違うように感じます。アメリカの場合は強引に突破しようとする傾向があるような印象があります。公のためより法律は自分たちが解釈するんだ、それが正しい道だ、みたいなところがあるような。もちろんクライアントに寄り添わないといけないのですが、日本の弁護士には、とにかく強引にやって勝てばいいんだというふうにはならないでほしい、今のまま日本的であってほしいと思います。地道にお付き合いいただいた方がいい。ただし、国際的な場面で闘う場合はそれではいけないのかもしれません。グローバルはグローバルで、激しく厳しい競争と闘いがありますから。

本日は多方面にわたり貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

2023年(令和5年)2月6日(月)

インタビュアー:平野惠稔
辻村幸宏
尾崎雅俊

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