弁護士会から

広報誌

オピニオンスライス

株式会社ローソン 代表取締役社長

竹増貞信さん

TAKEMASU, Sadanobu

ローソンの社長として、国内外約2万2千店舗、約20万人のスタッフをまとめる竹増貞信さん。何より現場を大切にし、店舗に足を運んでは、スタッフやお客さんとコミュニケーションを取ることを心掛けているそう。社長就任後最大の危機であるコロナ禍で迫られた変革、思い描く未来のローソンの姿などをお聞きしました。

大阪生まれ、大阪育ちです。どのような少年時代でしたか。

小学校から高校まで大阪教育大附属池田でした。友達が多く、楽しく明るく過ごしていました。
兄2人と妹1人の4人きょうだいなのですが、家族の注目はどうしても妹に行くため、僕は半ばほったらかしで、伸び伸びと育ちました。スポーツや勉強にものすごく努力したということもありません。
特に夢もなく、とにかく楽な道を生きていましたね(笑)。

山岸先生は、竹増社長と同級生の間柄だとか。

(山岸先生)ひょうひょうとしている感じで、明るく楽しいキャラクターの人気者なので、人が集まっていましたよ。

ご実家への帰省はどのぐらいの頻度でされていますか。

大阪出張は多いのですが、ゆっくり帰るというと年2回あるかないかですね。

大阪の食べ物で好物はありますか。

大阪のうどんが好きなんです。東京のうどんと違うじゃないですか。最初、就職で東京に来たときに東京駅できつねうどんを頼んだら、出てきたのが黒いおだしで衝撃を受けまして、今でも大阪に帰ったらうどんです。特に道頓堀今井さんの鴨うどんが好きです。
道頓堀今井さんは、きつねうどんと鴨うどんが名物で、きつねうどんはローソンで商品化もさせていただきました。

大学は大阪大学で、この頃米国留学を経験されているのですね。

オレゴン州のポートランド州立大学に1年間留学しました。
それまで地元池田市を出たことがなく、電車通学さえしたことがなかったのですが、2人の兄が私学を卒業したころ、父がふと「あれ?そういえば、おまえ、まだおったな。そういやお前に全然お金使ってないな。」と(笑)。
そんな経緯で父が米国留学をすすめてくれ、オレゴン州にいた父の関学時代の同級生の家に一月ほどホームステイしました。そこはすごい田舎だったんですが、その後ポートランドという都会で1年過ごしました。

留学時代で思い出に残っているエピソードはありますか。

当時、地元池田市ではあまり外国人を見かけなかったので、当初は留学に行くのに不安がありました。
でも、実際現地の学生や留学生仲間と飲んで食べて笑かして…といったところから交流を始めると、皆同じところで笑うし、怒るし、泣くし、恋愛もする。肌の色や出身地にかかわらず皆同じなのだと実感しました。
これまで自分は「池田人」として生きてきましたが、留学を通じ、自分を「地球人」なのだと思うようになったことが、一番の収穫でした。
また、当時は毎晩仲間と過ごし、翌朝大学に行き、また夕方に仲間と会う。ゴルフもしていたのでゴルフ仲間もできるという生活で、外国の方とのコミュニケーションに臆することがなくなりましたね。
留学はすごく大きい経験でした。

大学卒業後は三菱商事に入社されています。

「地球人」としてどういう仕事をしようかと考えたとき、グローバルな仕事なら商社だと。業界1位の会社で1番の人たちが集まっている中で一生懸命頑張って自分がどれぐらい仕事にチャレンジできるかを試してみたいと考え、三菱商事に入社しました。

就職面接では、やりたいことや興味のあることを具体的に伝えられたのでしょうか。

いえ。自分はスポーツも、サッカーは小学校1年生からやっていたのでそこそこできるし、ラグビーもスタンドオフというポジションだったので、キックが得意だとうまく見える。でも、突き抜けて一番というわけではなかった、そういうような人生を送ってきたことを話しました。その上で、就職はこれからの長い勝負なので、1番のところで自分を試したいということを伝えました。

商社マン時代も米国駐在を経験されていますね。

中西部インディアナ州の豚肉工場に3年間出向し、ラファイエットという町に住んでいました。1,300人ぐらいの工場で、色々な方が働いているんですが、留学経験が生かされ、楽しく仕事をして、プライベートでもバーベキューをしたりゴルフをしたり、すぐ馴染めた気がします。
この町は大平原で、トウモロコシ畑、大豆畑、養豚場がたくさんありました。また、月面着陸した宇宙飛行士のニール・アームストロング氏をはじめ、宇宙飛行士をたくさん輩出しているパデュー大学もありました。
アカデミックな雰囲気と中西部の大農家地帯というか、古きよきアメリカという雰囲気で、治安もいいし、楽しかったです。
住民は皆とても幸せそうで、隣人に「ニューヨークに行く。」と言うと、「何でそんなところに行くんだ、ここが最高じゃないか。」と。でも、ニューヨークに行くと、マンハッタンのネオンに興奮したり、お寿司屋さんで端から順番に握ってもらって食べたり、やはり楽しいんです。
インディアナ州駐在時代は、そんな強弱がついた楽しさを感じました。

三菱商事時代の経験は現在の業務に生かされていますか。

広報部に5年間在籍した経験が生きています。この経験がないと、今社長をやっていてももう少しおっかなびっくりだったと思います。
広報部時代、広報とは「社会と対話すること」だと学びました。メディアによく出ていますねと言われることも多いのですが、そういう視点でメディアやジャーナリストと相対すれば、緊張することもないし、逆に教えてもらうことがたくさんあります。
その後、社長業務秘書を4年間やり、社長が国王や大統領に会うときも同席していました。社長(※日本商工会議所の小林健会頭)はそういうときどんな心持ちで会われるのかと思って、「緊張されないんですか。」と聞くと「同じ人間だからね。」と答えられたのが印象的です。僕はそれを学生時代に体験したはずなのに、国王に会いに宮殿に行くとなるとやはり緊張するんですよね。人種や肌の色について抵抗はなかったですが、とんでもない階級を自分で意識してしまうみたいなところがありました。
でも今こういう立場でいろいろな人に会うわけですが、どんな相手であっても、同じ人間だからねという気持ちで会えるようになったのは秘書時代に学んだことでもあります。
小林社長は、世界の歴史や文化に大変通じていらして、例えば何か決断をされるときも中国の故事を引用されるような方でした。インテリジェンスの裏付けがあったからこそ、「同じ人間だからね」という言葉が出たのでしょうね。

竹増社長自らローソン各店舗へ足を運ばれることも多いそうですね。

はい。実際に店舗に行くことはとても大事にしています。
僕たちは別に難しい商売をやっているわけじゃなくて、各店舗同じ看板をつけて、同じおにぎりを売って、おにぎり1つでもお客様が満足してお買い求めいただく、それをアルバイトクルーさんも入れて20万人でやっているというようなことです。
ただ、僕らには個人個人のお客様しかいないので、最前線の店舗で何が起こっているのか、お客様がどう思われているのかが全てです。
だから、実際に自分でお店に行って、お店を見て、オーナーさん、クルーさんからお話を聞いて、短期的にできることを見つけて、中期的にはどういうことをやっていかなくちゃいけないのかということを決めて、それを経営計画に落とし込んでいます。

現場からはどのような声が上がってくるのでしょうか。

例えば、コロナ禍で巣ごもりになって人が動かなくなると、コンビニのニーズは減少し、売上がどんと落ちます。政府の要請もあり店の営業は続けるのですが、特に繁華街やオフィスビルは経営環境が厳しくなった加盟店さんもいらっしゃいました。
そんな中、店舗でお客様と話していると「スーパーは密になるし、近くのローソンに来たけど、野菜ぐらい置いといてくれない?」、「巣ごもりしたいから冷凍食品をもうちょっと置いてよ。」、「スイーツしかないけど、お総菜はどうした?」、「地元の豆腐を置いてくれたら、近いし、あいているし、ありがたい。」等の要望を受けました。
それをクルーさんやオーナーさんにもリコンファームして、2020年6月に緊急事態宣言が明けてすぐに準備を始め、7月には全国のお店に生鮮野菜を置きました。
この際も、どういう野菜がいいのか、葉物は傷みやすい、それなら地元の八百屋さんとタイアップしてメンテナンスしてもらったらどうかとか、冷凍食品を置くにしても冷凍庫を設置するためにお店を改装しないといけないので、コロナの間に1万店ぐらい改装しようとか、全部お客様や現場の声に基づいてやるべきことを決めてチャレンジしてやってきました。

コロナを経て、消費動向は変化しましたか。

コロナ前と今だと売れるカテゴリーが全然違っています。冷凍食品、野菜、お総菜も売れます。それから、今、お店でお米を炊く店を増やしました。「まちかど厨房」といいますが、コロナの中で外食に行けないお客様が、何かこのお弁当おいしいよね、と思われて、お米を炊いているんだと気づいて下さって、定着しました。
無印良品の日用雑貨の取扱いも始めました。僕らは「緊急購買」と呼んでいますが、例えば雨が降って靴の中まで濡れてしまったとか、出張に行くのに洗面用具を忘れてしまったというときに、「これでいいか。」というものだけではなく、日常的にお客様が使いたいものをということで、無印さんと提携し、商品を販売することにしました。そうすると、日常生活需要でローソンを使ってくださるようになってきて、そこに昨年ようやく人が動き始めて、得意だったサンドイッチ、おにぎりやお水、そういうものが上乗せされてようやく業績も回復してきました。
業績が回復し出すということは売れているということで、数字だけ見ていると分かりませんが、お店に行くと、売れるから売場が荒れているわけです。
そうすると、お客様からは、ローソンは欠品が多いねと見える。他方、店の数字だけ見ると売れてるな、絶好調じゃないかと思う。
だけど、そういう好調のときこそ、実は現場には大きな危機がうごめいているケースがすごく多いので、そんなことを常に確認して、誰より先に指摘する。
そこが外れてしまうと誰も信用してくれなくなるので、常にお店に行っていろいろ見て聞いています。

お店側には事前に社長の来訪を伝えずに行かれるんですか。

はい。「売場が乱れてますね。」と言うと嫌がられるので、「売れてますね。どういう感じですか。」と聞くと、「人がちょっと足りないんです。」とか、「もうちょっと仕分けしやすいようにしてほしい。」とか話してくれます。本社の新入社員も現場から入るので、気付いたことには声を上げてほしいと思っていて、そういう仕組みをもっと作りたいですね。

社長の顔はスタッフ皆に知られているのでは。

今はどこに行っても皆さんに気づかれますが、気づいたとしても、直ぐにはどうしようもないですから。

ローソンといえば、爆売れスイーツがいくつもありますが、商品開発はどのようにされていますか。

まず商品開発担当者がいろいろ研究して、街を見て、お客様を見て、アイデアを出します。
商品化に際し、アイデアを上司に持っていくと、上に行くほど形が変わり、最終的に今までとあまり変わらない商品になり得るんです。このやり方は、定番を改良するには良いかもしれないけれども、わくわくどきどきするような見たこともない商品を作る作業には不向きです。
よって、これを逆さまにしました。つまり、商品開発担当者の考えたアイデアを、なるべくこのまま世の中に出すためにはどうしたらいいかを考えてください、と。ベンダー工場とどのような交渉をするのか、原材料はどう調達するのか、品質をどうコントロールするのか…。そうした経験がある人たちがサポートし、プレミアムロールケーキ、バスチー、カヌレといったヒット商品が生まれました。
定番をブラッシュアップしていくチームとは別に、自由な発想で商品開発していいよというチームでやっています。

10年後20年後、どのようなローソンを思い描いていますか。

社会機運を醸成することも役割の1つとして果たしていきたいと思っています。
おこがましいかもしれませんが、日本で生活している人でローソンを知らない人はあまりいないと思います。75歳ぐらいの団塊の世代の方も、コンビニを使って生活されていますし、皆さんスマホも使うし、SNSもする。あと5年、10年たつと、そういう方が85歳ぐらいになり、コンビニは全世代に親しみを持って使っていただけるようなお店になります。
そうなると、子どもたちがローソンのファーストタッチで感じることは、すごく大事だと思います。
そこで、例えば、今ローソンでは、オープンケースと呼ばれる冷蔵庫に扉を付けるという実験をしています。お客様とのコミュニケーションとして、扉を開ける一手間でCO2がこれだけ削減できますという取り組みです。
ご自宅では冷蔵庫の扉を必ず閉めますよね。でも、スーパーやコンビニは単に開け閉めの手間を省くという理由で、開けっ放しにしているわけです。僕らも小さい頃からそれで育っているので何の違和感もない。
でも、こういうことに若い頃に触れてもらうと、子どもたちほどやっぱりそうだよねと納得してもらえると思うんです。
みんなでどうやってカーボンクリーンな世の中を作っていくのか、それに対して自分たちの生活の中でどういうことができるんだろうということも、僕らが街に提示していく。
商品を売り切り、食品ロスを出さない取り組みもそうだし、プラスチックを減らすこともそうです。そういえばローソンってこうやってたよね、これいいよね、とお客様に思ってもらって、周りに広まっていけばと思っています。
お客様にお手間をかけることにはなるので、売上は下がるかもしれないですが、その一手があってここで買物をしたいと思っていただけるんじゃないかと思うんです。
ローソンが提示していくことで、CO2を出さないお店で買物がしたいというお客様が増え、子どもたちは自分の未来のために、親世代は将来の子どもたちのために、その一手を喜んで差し出してくださるような世の中になっていけばいいなと思っています。

SDGsへ配慮した取り組みも注目されています。

例えばグリーンローソンでは、お客様に不要なレトルト食品などを持参いただき、行政を通じて必要なご家庭に届けるという、小さい循環社会をつくる取り組みをしています。今後、ローソンで持続的に行い、競合他店も一緒に賛同してくれれば、もっと社会に対するインパクトが出ると思います。

グリーンローソンでは、アバターが稼働するというユニークな取り組みもされていますね。

アバターという働き方では、例えば病気で療養中の方など、ご事情で店舗に来られない方にも社会参画していただけます。アバターは、品出しも掃除もすることができませんが、複数の店舗を掛け持ちで勤務することが可能なので、生産性が向上し、賃金も上げることができます。 そういった切り口で、社会を変えていきたいし、そういう役目があると思っています。

今後新たに挑戦したいことは。

地域社会では、人口減に伴い経営が苦しいスーパーが増え、跡地でローソンをしてくれないかという話をいただくこともあります。こんな中、20年先にはコンビニとECだけである程度消費生活が賄えるんじゃないかと思います。
実際、都会ではネットスーパーも増えていますし、コンビニはたくさんありますよね。
一方、コンビニが少ない地方でも今年からデリバリーを本格的に始めようと思っています。全国1万4,000店をデリバリーセンターに見立て、ウーバーイーツさんやメニューさんと組んで、最短15分でお届けするという取り組みです。
リアルの小売店をセンターとみなし、ECに入っていくと、新しい便利をお客様にお届けできます。そしてお店の商品は本当に今の日常生活に必要なものにブラッシュアップしていく。
そういうことができれば10年、20年たつと、リアルはコンビニで十分だよねとなる。ECでも、大物は皆さんアマゾンさんなどで買われると思いますが、即時性の高い商品のデリバリーは全部ローソンが担っていく。リアルでも便利に使っていただいて、更にEC、テックカンパニーとしても今後はコンビニの良さを生かしていくような形を実現する。かつ、ここから常に子どもたちやその街で暮らす人たちに対して、これからの僕らの生活はこうなりますよということを示していけるように、そして1店1店がその街のハブになればと考えています。
ただし、店員さんにはいてほしい。そうすると一人暮らしの高齢の方も楽しく会話ができます。たまには店員さんの代わりにアバターさんがいて、アバターさんとも楽しく会話していただける。そういうようなデジタルテックコンビニエンス、でも、ウィズ・ウォームフルハート、そんな感じのローソンをつくっていきたいと思っています。

最後に、弁護士に期待することはありますか。

新しいことを始める際には必ず弁護士の方のサポート、協力が必要で、正しく新しい道を切り開いていく強力なパートナーです。
守りももちろんありますが、どちらかというと、これだけ変化が激しくなり、コロナも明けたので動くスピードが速くなり、AIなど新しいテクノロジーも入ってくる。僕らも変化する必要がある中、社会のスピード感を上回るスピードでチャレンジもしていかないといけないので、そういうときの力強い必要不可欠なパートナーが我々にとっての弁護士の先生方です。
規制をアップデートすべきときも一緒に知恵を出しますし、M&Aをするときなんかももちろんそうです。また、グローバルに展開しているので、例えば中国、タイ、インドネシア、フィリピン、といった国々においてもどういったスピード感をどういう方法によって出せるのか、そういったことを一緒に考えていただく心強い強力なパートナーです。
そういったことを期待しています。

逆に、ご不満だとか、ここはこういうふうにしたほうがいいんじゃないかというアドバイスも含めて一言いただけますか。

最近不満はほとんどなく、スピード感も理解いただいていますし、知見のアップデートもすごくされていますし、ネットワークも広く構えていらっしゃるので、大体の答えは出していただけていると思います。
逆にスピード感が遅いというのは、法律をつくるほうの方々ですね。例えば、酒やたばこの販売時に年齢確認はアバターではできないのですが、ネット注文の場合は、家までお酒を配達できるんです。デジタルの進化に規制が追いついていないですね。
しかし、ノンデジタル時代にできた規制をデジタル時代にあてはめて運用しようとすることには無理があるので、今後は、そういうことを問題提起して、規制を進化にキャッチアップさせ、社会がより効率的に、みんなが楽しく幸せに暮らせるように、そんな社会を一緒につくれればと思います。

2023年(令和5年)12月6日(水)

インタビュアー:岩井 泉
芝原好恵
山岸正和

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