弁護士会から

広報誌

オピニオンスライス 4月号

元駐大阪オーストラリア総領事

トレバー・ホロウェイさん

Trevor Holloway

元駐大阪オーストラリア総領事のトレバー・ホロウェイさんにインタビュー。トレバー・ホロウェイさんは、このインタビューを行った2024年10月まで駐大阪オーストラリア総領事を務めておられ、現在は離任されています。
オーストラリアの魅力、オーストラリアと日本との関係などについて詳しくお話を伺いました。大阪とオーストラリアの関係が想像以上に親密であることが分かり、印象的でした。

トレバー・ホロウェイさんは、元総領事ですが、以下では便宜上、「総領事」と記載しています。

総領事の学生時代

私はオーストラリアの大学で法律を専攻していました。特に家族法と刑法に興味がありました。オーストラリアの法律でいえば、一番チャレンジングなセクターではないかと思います。交換留学生として慶應義塾大学にて1年間学び、聴講に参加したりしました。しかしながら、私は結局弁護士の道を選ばず、別の道を歩んできました。

オーストラリアは、鉄鉱石とか石炭の鉱業法に関する法律も充実していますね。

そうですね。連邦法もありますし、それぞれの州の法律もあるので、州によって多少差があります。特に最近、環境保護法が結構盛んになってきております。オーストラリアは日本と同じように2050年の脱炭素の目標を達成するためにかなりサスティナビリティーに焦点を当てていて、その面では鉱業やどの産業であっても、サスティナブルなやり方が大変重要です。

総領事の日本との関わり

総領事が特に日本との関わりが深くなったのはいつからですか。

実は、私が育ったのは、オーストラリアの東海岸で人口が2000人ぐらいの小さな村です。小学校もなくて、隣の町の学校に通学していました。毎週火曜日に、アマチュア無線が趣味の先生が、各国の小学校と連絡を取り、たまたま鎌倉にある小学校と連絡が取れるようになりました。私たち生徒にマイクが回ってきて、何か質問しましょうということになり、「How is the weather in Japan?」、「How old are you?」、「What do you eat for breakfast?」など無線で話すことができました。文通も始めて、鎌倉の小学生とペンパルの関係にもなりました。日本語は全くできなかったので、簡単な英語で「What's your name?」、「What kind of pet do you like?」と書くと返事が来ました。5円玉がついた手紙を送ってくれたり、受け取った手紙に貼られていた日本の切手は全部花になっていたりなど、こういう過程でオーストラリア以外の国も存在するということを意識しはじめました。皆さんが私たちとは違う生活様式を送っているなど、そういうことが面白いなと思いました。

返事は英語で来るんですか。

かなり簡単なものでしたが英語で来ました。高校に入ってからは日本語も勉強しはじめました。実は、オーストラリアでは第1外国語は日本語で、一番よく学ばれている外国語です。特にクイーンズランド州では、今、小学校でも高校でも日本語が第1位で、第2位とはかなり差があります。

オーストラリアで信頼される日本
~みんな日本が好き~

その理由は何でしょうか。

80年代から日本はオーストラリアにとって非常に大きな存在です。日本でオーストラリアといえば、カンガルーとかコアラが浮かぶと思いますが、オーストラリアでは日本の存在が、特にソフトパワーが非常に大きいです。経済的、貿易的、投資的な関係が80年代からかなり存在していて、日本人の観光客や留学生もたくさんいて、ビジネスや文化的な交流がすごく盛んでした。みんな日本が大好きで興味を持っています。幼稚園から日本語を勉強しているところもあります。

大変うれしいお話ですね。

2つの統計がありますが、オーストラリアの一番大きなシンクタンクのローウィー国際政策研究所が毎年世論調査を行っています。世界で一番責任のある行動を取る国はどこですかという質問では、日本が第1位で、英国が第2位でした。また、アジアで一番親しい国はどこですかという質問もありましたが、これも日本が第1位でした。87%のオーストラリア人が日本は責任をもって行動をしていると考えています。要するに、87%の人が日本を信頼しているということです。アジアの中では44%の人が日本がベストフレンドだと。つまり日本のことをすごく信頼してグッドフレンドだと考えているわけです。
もう一つの統計では、日本に入ってくるオーストラリア人のインバウンドがものすごく多くなってきました。2024年は100万人を突破するんじゃないかという程で、これはオーストラリアの総人口の4%の人がこの1年で日本に旅をしていることになります。それぐらい人気があるんです。
 皆さんに日本のどこが好きですかと聞くと、もちろん経済的な効果も大きいですが、ソフトパワーもすごく大きいです。友達や親戚に聞いてみると、コンビニで買い物をしたい、地下鉄に乗ってみたい、もちろんレゴランド、ジブリパーク、USJ、ディズニーランドに行ってみたい人もいますし、ガチャガチャをしたい人もいます。それから、京都で茶道をやってみたい、錦鯉を見たい、漫画を見たい、マリオのショップに行きたいなどなど、みんなが日本に行ってみたい、生活様式に触れてみたいと思っています。
 私が小さい時はテレビのチャンネルが二つあって、その一つでは日本のアニメが流れていました。「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」を見ながら、日本にはこういう漫画があるんだ、単純に面白いなと思いました。
 高校を卒業して大学に入って何になりたいか、何を勉強したいかよく分からなかったのですが、法学プラス日本語だと考えるに至りました。将来的にどういう仕事があるかもよく分からなかったのですが、何とか日本と関わりたいということもありましたので、日本語を勉強しました。クイーンズランド大学ではジャパニーズソサエティーというのがありまして、日本の映画祭を主催したり、法被を着て焼きそばパーティーなどを楽しんだりしました。大阪のことといえば、1991年だったと思いますが、大学に天神祭がやって来ました。天神祭の御輿をブリスベンに持ってきて、お酒の樽も2つ持ってきて、皆さんに御輿をかついでもらったり、ブリスベンの川で花火大会をしたりと、ブリスベンの現地の人たちも参加されて大賑わいになりました。このように日本との関わりが本当に盛んでした。

初来日―6週間の日本のホームステイ

もう少し日本語を勉強したいなと思い、1990年に初めて日本に旅立ちました。同級生6人と6週間、九州から北海道までJRパスを利用して、あちこちにホームステイしながら旅をしました。日本語を勉強していましたがあまり通じなくて、もう少し理解できたら面白いなと思いましたので、オーストラリアに戻ってからも勉強を続けました。やはり言葉が分からないとその国の文化が十分楽しめず、もっと日本語ができたらもっとスムーズな経験になったのではないかと思いました。こういうことを通して今の道につながってきたような感じです。

6週間日本でいろいろ回られて、一番印象に残っているところはどこでしょうか。

日本人の親切さです。ある時、道に迷って夜になってもユースホステルが見つからず困っていると、車で通りかかった方が「大丈夫ですか」と声をかけてくださり、車に乗せてユースホステルまで送ってくれました。あるいは、日光に遊びに行った際、帰りの電車のお金がなくてどうしようかと困っていると、どなたかが「切符買ってあげる」と。どこに行っても親切な方に出会いました。
 あとは、オーストラリアと全然違う点も面白いなと思いました。その当時はあちこちホームステイしましたが、ある時、焼き魚とご飯とお味噌汁の朝食がふるまわれ、慣れていない食事でどう食べるんだろうと。お寿司も見たことがなくて、どういう風に食べるのかというところに大変興味を持ちました。
 その後は慶應義塾大学に1年間交換留学しました。当時は日本の政府やトヨタ自動車からも奨学金を頂きました。東京で1年間ホームステイさせていただいて、ホームステイファミリーも大変親切な面白い家族でした。私は運がすごくよかったと思いますし、恵まれていました。というのも、ホストのお母さんが俳句の先生で、俳句の句会に何度も連れて行ってもらえました。日本全国の句会に参加して、高齢の方が多かったのですが、その方たちとノートを持って歩き回り自然の観察をしました。夜、旅館に戻ってきてわいわいしながら自分の詠んだ句を読み上げて、みんなが評価する、そういう文化にも触れることができました。ちょうどその時は大阪出身の俵万智さんの「サラダ記念日」が人気で、すごくいいな、素敵だなと思いました。

短歌を理解することは、かなり日本語が理解できていないと難しいですよね。

いいえ、それほど分からなかったのですが、辞書を引きながら挑戦しました。1990年に初めて日本に来た時は「東京ラブストーリー」がすごく人気で、それも見て面白いなと思いました。文化的な触れ合いもきっかけの一つでした。慶應義塾大学では日本語を勉強しましたが、伊丹十三の「タンポポ」とジブリの「となりのトトロ」が授業の内容になっていて、これを通しても日本語を学びました。この間、愛媛、徳島、高知へ家族旅行に出かけ、愛媛にある伊丹十三記念館に寄ってきましたが、ぜひお勧めいたします。日本の文化や歴史に魅了され続けています。オーストラリア人の多くも同じように日本の印象を受けて追求する人が多いと思います。

日本人に来てもらうための取り組み

オーストラリアの方が日本に興味を持ってくださって、若い方が日本に来てくださったり、逆に日本人がオーストラリアに行ってオーストラリアのことをよく理解する、そういう交流はとても大事だと思います。日本人にオーストラリアに来てもらうための活動や試みはされていますか。

オーストラリア政府観光局という組織があって、積極的に日本人にオーストラリアをアピールしています。日本人、特にビジネスの方にオーストラリアにいらしたことはありますかと聞くと、新婚旅行かワーキングホリデーという返事が多いです。ワーホリは最近すごく多くて、オーストラリア政府は2023年に1万7000人の日本人にワーホリビザを発行しました。ワーホリではオーストラリアはかなり人気があります。ワーホリを通してオーストラリアの局面を経験できる制度があり、気軽に行けるようになっています。シドニーやメルボルンだけではなく、地方に行けるプログラムもあります。オーストラリアでは日本人のワーホリの人はすごく真面目だというイメージがあります。作業で雇うなら日本人がすごく真面目にやってくれるし、責任感もあると思われています。

ある程度英語は学んでから行くべきでしょうか。

ある程度は分かったほうがスムーズに行くと思います。数週間あるいは数か月間の英語の学習プログラムの後に仕事を探すというパターンが多いですね。
 ですが、かなり多文化的な社会なので、流暢に英語が話せるという条件は全くなく、頑張り屋で何とかコミュニケーションを取ろうとしたり、また、貢献したいという意思のある人なら多分うまくいくと思います。
 とにかくオーストラリアにおいて、日本人は大歓迎です。何かあったら声をかけられますし、日本語で挨拶をされることもあります。日本人だと分かれば、オーストラリア人は次の旅行のアドバイスを聞きたがりますし、ラーメン屋さんはどこがおいしいですかとか聞かれると思います。

大阪の総領事として過ごされた4年間を振り返って

大阪の総領事を4年間務められたわけですが、総領事として、力を入れられたことは具体的にはどんなことでしたか。

この大阪総領事館は1965年からあるので、2025年はちょうど還暦になりますが、主に3つの役割を担っています。
第1の役割は、西日本においてオーストラリア政府を代表すること。私たちの管轄は西日本、南日本の23府県で、大使館は東日本と北日本の24都道県です。
 第2の役割は、この地域に居住、または旅行中のオーストラリア人に領事サービスを提供することです。オーストラリア人がこんなにたくさん日本を訪れているので、入院されたり、あるいは亡くなったり、逮捕されたり、様々なことがありますが、弁護士の方にもお世話になります。
第3の役割は、商務的な役割です。オーストラリアと西日本、大阪・関西との投資、貿易を促進する役割、また留学を促進するためのコマーシャル的な役割もあります。

この間の大阪・関西の印象はいかがでしたでしょうか。

大阪はセカンドホームのような存在です。大変居心地がよく、皆さんがフレンドリーです。アクセシビリティーも魅力の一つで、いろいろなところに行きやすいです。山に行きたいなら六甲山にすぐ行けますし、海なら須磨、淡路島、白浜もあります。実は白浜の砂はオーストラリアから持ってきたものです。大阪・関西は、すごく住みやすいところであると思います。
 私にとって大阪といえば、道頓堀のグリコの大きな看板です。海遊館も好きですし、大阪城も歴史的な背景がありますが、やっぱり、バイタリティーがあるのは道頓堀ですね。

グリコの看板は、バイタリティーの象徴ですからね。

大阪以外にも、先日は京都の南禅寺に家族で行きました。本当に素敵できれいなところでした。

もう少しおられたらもみじの季節になるんですけれども、その前に離日されてしまうわけですね。

もうすぐ帰国しますが、日本との関わりが重要な一部になっていますので、この仕事を終えてもそういうつながりは続くと思います。将来的には日豪関係のサポートの役割も果たしていきたいと思います。まずはクイーンズランドに戻ります。クイーンズランドの日豪協会は結構盛んですので、そのような組織のサポートをすることになるのではと思っています。
 政府に10年勤めるとある程度の長期休暇を取ることができますので、最初は長期休暇を取り、子どもがオーストラリアの学校に戻りますので家族のサポートをしながら、その後は次のチャレンジをしたいと思っています。

大阪・関西万博で伝えるオーストラリアの魅力

ところで、オーストラリアは、大阪・関西万博ではパビリオンを出展されるご予定ですね。

はい。2025年の大阪・関西万博に向けて積極的に参加することを決定して、かなりの予算を投資し、オーストラリアをできるだけ多くの皆様に紹介することができるようにと考えています。2024年3月に、大阪市長にも出席していただいて、多くのオーストラリアの関係者も呼び、大阪市内でパビリオンの起工式が行われました。その時に、日本とオーストラリアを融合してはどうかということで「コアラだるま」を作りました。万博コミッショナージェネラルが目入れ式を行いました。万博のプロジェクトが発足し、2025年10月13日の閉会式にはもう一つの目を入れる予定です。

万博では主にどんな魅力を伝えたいと思っておられますか。

オーストラリアのパビリオンは「Chasing the Sun ― 太陽の大地へ」というコンセプトで、オーストラリアの明るい国民性、創造性、自然の恵みについて皆様に紹介したいと思います。オーストラリアは、原住民の歴史がこの6万年を通して続いていて、世界で一番長く続いている文明です。私たちも歴史を振り返ってみて、原住民の歴史と文化を尊重して、そこから学ぶことが多いです。サスティナビリティーや、どのようにしてオーストラリアを守ってきたかということもシェアしたいと思います。
 数多くのイベントを多くの日本のパートナーと一緒に主催したいと思います。今、日豪関係の中では特に脱炭素についてビジネスの投資が多くなってきているので、専門家をオーストラリアから呼んで、日本の企業や政治家の方々と、どうすればこれからもっとサスティナブルな形で日豪間のエネルギー関係を脱炭素に向けて進めることができるのかという話ができればと思います。イベントは万博の8つのテーマウィークに絞って主催すると思います。一般の方には、没入型のブッシュウォーキング体験をしてもらえるような仕組みになっています。

面白そうですね。

パブリックステージでは定期的に音楽を流したりパフォーマンスをしたりします。カフェもあり、オーストラリアならではの食事をしながらご鑑賞いただく、オーストラリアの現状が分かるような形になる予定です。

サスティナビリティーについて

オーストラリアのこれからの方向性と、日本との関係について教えてください。

サスティナビリティーがかなり大きな方向性です。
今は世界的な規模でカーボンニュートラルになることを目指していますが、その中でもオーストラリアは世界的な問題に貢献しないといけません。自分の国のことだけを考えるのではなく、地域的、世界的な規模で考えるべきです。オーストラリアは、今、世界のエネルギー供給国のトップの一つで、日本への一番大きなエネルギー供給国も実はオーストラリアです。皆さんは中東だと思われると思いますが、エネルギー全体としてはオーストラリアが一番大きな供給国です。石炭と天然ガスとウランを合わせて、日本で毎日発電されている電気の3分の1がオーストラリアからのエネルギー輸入品によって発電されています。ですから、1日のうち約8時間の電力がオーストラリアとのパートナーシップによるものなのです。
 エネルギーの関係は、実は60年代に日本からの投資があったからこそ、オーストラリアの石炭輸出業を発足することができました。三井物産が1963年にクイーンズランドにある鉱山に投資し、初めてオーストラリアが石炭を世界に輸出することができました。それからは世界で一番の輸出国となり、いろいろな国のエネルギーに貢献しています。同じように80年代には、三菱と三井が、MIMIというオーストラリアで一番最初の液化天然ガスのプロジェクトのJVに参入し、1989年からオーストラリアの液化天然ガスの日本への輸出もスタートしました。ですから、日本の投資と市場と協力がなければオーストラリアのこれらの産業はなり立ちえなかったのです。
 また、今の日本の建物、道路、インフラなどの半分以上がオーストラリアの鉄鉱石などによって建てられています。それも60年代の西オーストラリアのピルバラ鉄鉱山に日本の企業――当時の日本スチールです――が投資をして、合同で輸出産業を作り、日本へ鉄鉱石を輸出することができました。それが、今でも続いています。こういう経済的な補完性が非常に高いですね。

オーストラリアと日本の法律業界でのつながり

そういう重工業といいますか、ハード面のやり取りというのが今まで多かったということかと思いますが、ソフト面で日本とオーストラリアが協働してできることはありますか。

コネクテッドインダストリーズという言い方もありますが、そのような協力も最近盛んになってきました。アーキテクチャー、リーガルサービス、そのようなサービス面も規模はまだ小さいですが、拡大していると思います。日豪経済連携協定が2015年1月に発足してから2025年1月でちょうど10周年になります。このおかげで、オーストラリアと日本の間のリーガルサービスやアーキテクチャーなど、いろいろなサービスが自由になりました。その影響で法律事務所の協力も得られ職員の派遣をしたり、アーキテクチャーをつくったりなどそういう交流も盛んになりました。

それは、資格の相互の認証とかそういうことですか。

資格の一部の認証です。完全なものではないですが、事務所を持つことができるとか、弁護士はお互いの国に行き来することができるとか、そういうことです。

日本の弁護士が留学するにあたっても一つの選択肢になりますか。

それはいいアイデアだと思います。オーストラリアからも、数は多くはないですが、日本に来て弁護士として働いている方もいます。現地の弁護士と同等のサービスはできないかもしれませんが、ある程度までの仕事はできます。

具体的にどのようなことで弁護士との関わりがありますか。

オーストラリアの企業が大阪に入ってきてプレゼンスをつくるとか設立するとか、または、関西の企業がオーストラリアに行ってインベストメント・アドバイスを求めるとか、移民のビザに関することや、オーストラリアで事務所を設立するにあたってリーガルアドバイスが必要になるとか、そういうことですね。

オーストラリアの労働法制・労働問題について

2024年8月26日に施行された「つながらない権利」(right to disconnect)に関する法律については、どのような印象をお持ちですか。

これはワークとパーソナルを分けて、ワーカーが家に帰って業務時間外に電話やメールをチェックするということをせず、上司から突然電話が入ってくることを恐れることなく家でくつろぐことができるというものです。
 一生懸命仕事をして、家に帰ったらリラックスできてファミリータイムを持てるということです。

日本の役所を見ると、真夜中でも電気がついているところが珍しくありません。それと比べてオーストラリアの労働環境はどうでしょうか。

先日、OAPタワーで「Women in Kansai」という、関西で活躍する女性たちとのイベントを開催しました。私の上司が東京の大使館から大阪に来ました。上司も女性です。関西のいろんな分野で活躍されている30名の女性をお招きして、ジェンダーバランス、ジェンダーチャレンジのような話をするイベントでした。朝9時半からスタートしましたが、オーストラリアではブレックファーストミーティングというのがあって、残業するなら、夜の残業ではなくてモーニング残業をします。早起きして早く出勤するというものです。みんな仕事には早い時間に行き、午後4時か4時半には家に帰って、子どもを学校に迎えに行ったり、私の兄ならビーチにサーフィンに行ったりします。ですので、夜の残業は普通はないです。日本では朝は少し遅めで、夜は遅くまで働きますよね。

労働問題に関することでもう一つお伺いします。オーストラリアはたくさんの移民がいる国だと認識しています。日本もこれからたくさんの外国人労働者を迎え入れていくと思いますが、オーストラリアではどういう理念で国をつくっているか、あるいは、うまくいっている取り組みがあればぜひ教えていただけますか。

オーストラリアは「サラダボウル」であるということです。つまり、スープやいろいろな素材をサラダボウルに入れて一体化して、その一部一部はあまり認識できない形ですが、それぞれのバックグラウンド、それぞれのアイデンティティー、それぞれの民族の特徴がありながら、ナイスバランス、一体となってバランスが取れてサラダをおいしく食べることができます。
 オーストラリアは世界的にもトップの多文化社会だと思いますが、半分以上のオーストラリア人は、自分か自分の両親のどちらかが海外生まれです。20数%の人は、自分は海外生まれですという移民的な社会です。オーストラリアに移住しても、もともとのアイデンティティーは捨てず、そのアイデンティティーを持ってオーストラリア人なりの価値観、コミュニティーに貢献して融合するという社会です。

お互いに尊重し合うということですね。

そのとおりです。だから、オーストラリアに行ってオーストラリア人になっても、例えばインディアンソサエティー、チャイニーズソサエティー、ジャパニーズソサエティーなどが存在します。自分のアイデンティティーを全て捨ててオーストラリアに入っていくということをしなくても、自分の背景を尊重することができます。それはお互いの尊重ですね。

それが文化として根づいているということですね。

自由、非差別、そのような基本的な価値観が一致することが重要ですね。

16歳未満のSNSの利用禁止の法案について

オーストラリアでは、子どもを性犯罪やいじめから守るというパターナリズムの観点から、16歳未満のSNS利用を禁止するという法案が出される見込みだと聞きました*1。日本人の視点からすると、表現の自由の観点から問題がありそうにも思えますが、オーストラリアではどのように受け止められていますか。

オーストラリアではもう既に2023年10月より公立高校でのスマホの利用が禁止されています。なぜならば、若者に対するスマホの悪影響を認めているからです。ですから、今回も同じように、若者をSNSの悪影響から守ることは大事だという様々な研究の結果を見て現政府が法案の提出をしました。何歳が対象になるかはまだ決まっていませんが、それもこれから検討しながら具体的な話になると思います。
 大ざっぱですが、SNSには社会的な影響があって、もちろんいい影響もありますが、悪影響もあるので、幼い子どもがそういう悪い影響に晒されないようにすることが目的です。子ども、若者が家にこもってSNSをするよりは、実際に外に出て友達と遊んだり、スポーツに参加したりする方がメンタル的にも肉体的にもいいということです。
 2024年9月に行われた世論調査の結果によると、61%のオーストラリア人が、若者に対してのある程度のSNSの制限を支持しています。

※1 インタビュー当時。2024年11月28日、16歳未満の子どものSNS利用禁止法案が可決。

LGBTQI*2支援について

オーストラリアは世界的に見てもLGBTQIの支援に対して積極的であると思います。日本とオーストラリアを比較して、日常生活においてLGBTQIに対するサポートで違う点や何か気づかれた点はありますか。

オーストラリア人は平等を支持しています。誰であれ、他人の干渉なく自分なりの生活を送ることが大事だ、それが基本的な人権だと考えています。オーストラリアでは同性結婚も2017年に合法化されましたので、今は同性結婚が従来の結婚と同じように法律上認められています。日本ではまだそこまでではありませんが、プライドセンター大阪や虹色ダイバーシティーなどの組織ができ、やはり人権や権利に関する取り組みが進んでいるんだなと思います。
 私たちオーストラリア総領事館からも、大阪に住むLGBTQIへのサポートを示すために、2023年・2024年の「プライド・クルーズ大阪」に参加しました。オーストラリア政府はもちろん日本に対する干渉はしませんし、日本の法律は日本の皆さんが決めることですが、オーストラリアが、平等を応援している、人権、権利の促進をしているということを示しています。

日本では、その辺りに対する意識はまだ足りないと思われますか。

2024年の「プライド・クルーズ大阪」の参加者は2023年より多くなった気がします。企業も公にこれをサポートしているという現状もあるので、そういう意識は徐々に出てきているかなと思います。
 オーストラリアでは、アライ*3であることを示すことはすごく一般的になっています。自分がLGBTQIではなくても、もしLGBTQIの仲間がいるとすれば、その仲間が気にせず自分なりの仕事ができる、または生活を送れるようにサポートします。

オーストラリアではアライであることを示すためにどうされる方が多いですか。

このように目に見える形で何かを身につけたり、ステッカーを貼ったりなど、またオープンにそういう話をしたりもします。パーティー等イベントを開催し、SNSに発信して、みんなの目につくように、この組織、このチーム、このオフィスがアライとしてLGBTQIのサポートをしているという態度を示したりします。

※2 LGBTQ+との用語が使用されることも多い。

※3 LGBTQIの当事者ではない人が、LGBTQIに代表される性的マイノリティーを理解し支援するという考え方のこと。

弁護士に対するメッセージ

最後に、今後、海外に出ていったり、これからいろいろな分野で頑張ろうとしている日本の弁護士に対して一言お言葉をいただけますか。

オーストラリアだけではなく、海外との架け橋になれるような役割は非常に大事だと思います。弁護士にはそのような資格と能力があると思います。私の大学の同級生が東京にいて、東京で弁護士の仕事を10年から20年続けている人もおります。逆に日本人の弁護士がオーストラリアに行って弁護士として活躍する。例えば脱炭素に関わるプロジェクトへの投資をサポートしたりするような役割を果たすことはお勧めです。そうすることで具体的な架け橋になれると思います。また海外とコネクションを作り、コミュニケーションを取ることは大事です。それがなければワールドインターナショナル・イン・ジャパンを推し進めることはできないと思います。

オーストラリアにも日本との関わりを希望している企業はたくさんありますか。

オーストラリアでは今、特に不動産の事業が進んでいて、日本の企業がすごく投資している分野です。他にもデータセンターなど、様々な分野が出てきています。オーストラリアの企業が海外とのパートナーを探す場合、信頼できる国、将来的に安定している国、価値観が合っている国、そんな国を選択するには限りがありますが、その選択肢の一つとして日本が優先されると思います。お互いの国がお互いの文化、お互いのやり方、お互いの働き方が分かるような人材が必要になってくるでしょう。

日本とオーストラリアは、とても安定した長い関係があるということですね。

はい。不動産も、エネルギー、鉱物資源と同じように長年の関係が重要だと思います。その信頼が大変大事です。

本日はお忙しい中ありがとうございました。

ありがとうございました。

2024年(令和6年)10月1日(火)

インタビュアー:折田  啓
尾崎 雅俊
大橋さゆり
豊島 健司
森  愛美

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