弁護士会から
広報誌
オピニオンスライス 12月号
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芸人・医師
しゅんしゅんクリニックPさん
芸人×医師のパラレルキャリアでご活躍されているしゅんしゅんクリニックPさんにインタビュー。お笑いで観客の方を笑顔にさせながら、医者として患者さんの健康を守るというお仕事は、ほとんど唯一無二と言っても良いでしょう。資格や肩書の相乗効果の意義を感じたインタビューでした。
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医者を目指したきっかけ
しゅんP先生のお父様は精神科の先生、お母様は看護師と伺いましたが、しゅんP先生は、子どもの頃から医者を目指されていたのですか。
漠然と医者というのは中学生の時にはあったという感じですね。でも、僕らの年代だとGLAYやLʼArc-en-Ciel、LUNA SEA、X JAPANなどのビジュアル系がすごく流行って、それにはまって中学生、高校生とバンドもやっていたので、バンドマンでテレビに出たいなとか「HEY!HEY!HEY!」に出たいなということは友達同士で言ってました。あとは教員もちょっといいなと思っていました。
芸人になるまで
そんなしゅんP先生が、芸人を目指されたきっかけや経緯を教えていただけますか。
元々、お笑いもバラエティー番組もすごく好きで、中学生の時にダウンタウンさんの「ガキの使いやあらへんで!」や漫才をめっちゃ見たり、ビデオを借りたり、お笑いは好きだなというのはあったんですが、本格的に芸人になりたいなと思ったのは大学生の時です。
当時、付き合っていたお笑い好きの女の子の影響で、お笑い芸人という職業があるんだと、若手がいて切磋琢磨してるんだということを知りました。
その頃にM-1グランプリが始まって、2003年にフットボールアワーさんが優勝した時に、すごい面白いな、こういう職業がかっこいいな、この輪の中に入りたいなと思ったのがきっかけですかね。
周りに医者と芸人を両立させようという人はいましたか。
僕がNSCに入った時はいなかったと思います。
まさにしゅんP先生が先駆けということですね。
まあ、そうですね。パイオニアではありますね。
しゅんP先生は、国家試験に受かって、研修医になられた後にNSCに入られたんですよね。
医学部の6年間が終わって、国家試験に受かって、初期臨床研修を2年間やって、それからみんな医局や病院に就職して、内科、外科、何とか科と分かれるタイミングで僕はNSCに入りました。大学生の頃からNSCも絶対いつかは行きたいと思っていて、大学4年、5年の頃は情報を得るのが「2ちゃんねる」ぐらいしかなかったので、それでNSCの過去ログやスレッドを見て、入りたいなという夢を持っていました。
NSCは1年間と聞きましたが、それはフルタイムなのですか。
週3か4ぐらいですかね。それもびっちりではなくて、2コマ、3コマ、1コマのときもあるという感じです。
後期臨床研修に行かれたり、専門医を取ったりはされていないのですよね。
お笑いを頑張りたいと思い、2年間の初期臨床研修が終わった後はほぼお笑いの道一本です。今は内科勤務もやっていますが、NSC に入った頃は全然していなくて、医者としては、予防接種のバイトとか健康診断のスポット勤務とか献血の問診をするくらいでしたね。お笑いメインで医者は最低限でしたが、時給がいいからすごい少ないバイトでいけました。
生活費はそれで効率よく稼ぐということですね。
バイト以外はNSCの同期と遊んだり、ネタを作ったり、ほぼフリーターみたいな感じでした。その方がネタを作る時間にも当てられるし、NSCの同期と仲を深めたり、そこでのやり取りもネタになったりするので、バイト漬けになるよりいいなと思いました。
医師免許の強みが分かるお話ですね。
医師免許を取って初期臨床研修が終わってから、医師免許ってこんなに役に立つんだと知りました。
医療ネタを始めた理由
当時から医療ネタをやられていたんですか。
NSCの途中からです。最初の3、4か月ぐらいは、お笑いで経歴は使うものじゃないだろうと思っていたので、医者と言わずにネタを作っていたんですが、NSCでウケなかったんです。NSCはみんな自分が面白いと思って入ってきていますから、ほかの人のネタでは笑わないという雰囲気ですし、講師の人からも同期のネタで笑うな、ライバルなのに悔しくないのか、みたいな感じで怒られたりとかもあったんですが、それにしても、僕は全然ウケなくて。NSCの講師の先生に年齢を聞かれて、僕は27歳で入ったので、今まで何をしてたのと聞かれて、医学部に行って医師免許を持ってて、みたいな話をしたら、絶対ネタに入れた方がいいよと言ってくださって、そこから徐々に入れた感じですね。
NSC卒業時は首席だったと伺いました。
卒業ライブで1位の人が首席という扱いで卒業できるので、運よく、そこで1位になれたと。しかも、その時はコンビだったんですが、12月ぐらいに組んだので、結構駆け上がった感じです。急に組んでぱっと1位を獲れたみたいな感じですね。
芸人×医師のパラレルキャリア
しゅんP先生は芸人×医師というパラレルキャリアをこなされています。弁護士にも弁護士と医者の両方の資格を持つ人がいたり、いろいろパラレルキャリアがありますが、実際にはどちらか一方だけをやっている人が多い印象です。しゅんP先生はどちらも両立されていますね。
結果論みたいな感じかもしれません。僕も正直、芸人だけでいけたら本当はそれが一番いいんですが、それだけだとどうしても本当のガチで面白い人たちには太刀打ちできないので、そこで1個付加価値を乗せる意味ではやっぱり医者ってすごく強いんです。あと、コンビを解消してピン芸人になって、その時に30歳を過ぎていて、それでお笑い一本だけというのは、単純にお金的なところもそうですが、せっかく医師免許を取っているのにもったいないなとも思い始めました。そこから伝手もあって医者として働き始めて、今は40歳にもなりますし、自分がこういう道を歩いてきたというのは、その2つをやって自分にしかできないこと、医療の発信をするとか、そういうことをやる使命的なものがあるのかなという感じですね。
病気のことや生活習慣のことをSNSなどでとても分かりやすくお話しいただけるのはすごくいいなと思いつつ、しゅんP先生がNSCに行くとか芸人になると言われた時、ご両親はどう仰いましたか。
母親は「お笑い界にメスを入れてきなさい。」と言いましたね。
むちゃくちゃ面白いです。
すみません、うそです(笑)。特に何も言わなかったです。お笑いが好きなのは知ってましたし、特に僕からちゃんと言ったわけじゃなくて、NSCの願書を送って、その合格通知が実家に来てバレたという感じです。実は、うちの父親も1回会社員になってから、僕が1歳の頃に群馬大学の医学部に30歳か31歳で入り直していますので、ほかのことをやるというのも全然いいよという感じでした。最近も、医者はすばらしい仕事だけれども、真っ当なというか、ガチの医者だけだと大変だし、いろんな人の人生を背負い過ぎるから、むしろいろんなことをやっててよかったみたいなことを言ってくれましたね。
しゅんP先生は今、医者としては具体的にどのようなお仕事をされているのですか。
今は週2回固定で埼玉の開業のクリニックで一般内科として働いています。地域の困った人が1日200人弱ぐらい来るようなクリニックなので割と忙しい感じで内科をしていまして、風邪から始まって整形外科的な腰痛とか皮膚科的な湿疹、生活習慣病や心臓、高齢の方の認知症的なものを診たり、若い方から高齢の方まで幅広くいろいろ診ています。あと、週1で美容皮膚科にも行ってます。
そうすると、知識も都度アップデートし続けていないと対応できないところもありますね。
そうですね。教科書や医者のサイトを見たり、論文のまとめを読んだりして知識を知っていないといけなくて、まあ広く浅くという感じですね。専門医をやって狭く深くというよりは、開業のクリニックで働いているので広く浅くは診られるようにはなりました。
芸人×医師で気を遣うこととは
医者としての努力も続けつつ、芸人としての努力も続けつつというところですね。さて、芸人と医者というのはどちらもすごく大変なお仕事ですが、大変さに違いはあると思います。それぞれのお仕事でしゅんP先生が気を遣われていることや注意されていることはありますか。
芸人として医者ネタを扱うので、一歩間違えると炎上してしまうので気を付ける必要があります。SNSに上げる場合だといわゆる“あるあるネタ”のふわっとしたものというか、「こういう状況あるよね。」というネタでいいんですが、ライブではそれだとウケなくて、どうしても多少ちょっとボケたり、ちょっと毒を吐かないとなかなかお笑いにならないような気がするので、そこでの案配は難しいですね。医療関係者が聞いたら嫌われるようなことは言い過ぎず、でも、ある程度「ディスり」も入れつつしないといけないんです。お笑いを見に来る人って、特に吉本のライブだと10代、20代の女性が多くて、病院のことを言っても基本も分からなかったりするので、そこのネタづくりは難しいですね。
“あるある”がある程度伝わらないと意味がないというところですかね。
10代だと、まず内科とか外科って何なの?みたいな、医療を詳しくは分かっていない人が結構いたりするので、ネタづくりの難しさはあります。かといってネタの対象を絞り過ぎるとライブでウケないし、SNSでも言い過ぎないようには気を付けるというのはあります。
案配が難しいですね。テレビだともっと気を遣うというのはあるんですか。
テレビの方が言い過ぎないようにした方がいいのかなとは思っています。
気持ちの“切り替え”の難しさ
医者として仕事をする日、芸人として仕事をする日は、しゅんP先生の中では切り替えは必要ですか。
めっちゃ必要です。気持ち的に、医者をした後に芸人はなかなかやりづらいですね。美容クリニックだと割と院内の雰囲気も明るかったりしますが、内科は体調が悪くて病院へ来ている人が多いので、基本は淡々と話をして、診察をして、とやった後にお笑いライブではっちゃけるようにするというのは……、ちょっと切り替えは難しいですね。最初感覚を掴むまでライブに出ても30分ぐらいは切り替えに必要だなという感じでした。声のトーンもやっぱりちょっと違っちゃいますし、そこは難しいですね。医者終わりだと、ボケでちょっと不謹慎なことを言うときに、「いや、でも、こんなこと言っていいのかな。」と考えがちになっちゃいますね。
面白くするところと、引き締めるところを考える必要もあるし、頭の切り替えは必要ということですね。
お笑い後の医者の方はトーンを落として真面目な感じになればいいのでまだやりやすいですが、医者からのお笑いは切り替えが結構難しいです。あと、医者で気を付けていることは、優しい先生でありたい、ということです。患者さんにとって質問しづらいお医者さんもいると思うので、そういう雰囲気にはならないように、医者でこんな柔らかい感じの人もいるんだと思ってもらいたいというのはあります。長くなり過ぎるとほかの患者さんに迷惑がかかっちゃうから難しいんですが、なるべく優しくありたいなと意識しています。
心ない声にもさらりと対処
弁護士でメディアに出ている人はたまに言われると聞いたことがあるのですが、しゅんP先生が医者をされる中で、患者さんから、あるいはYouTubeのコメントなどで、「本業に集中しろ!」みたいなことを言われることはありますか。
「ヘイヘイドクター」のネタをやり始めて、「さんまのお笑い向上委員会」という番組に出させてもらった2017年から2018年頃は結構言われました。同業のお医者さんから、「私はあなたを認めません。」みたいな内容のDM ()が届いたこともありました。
しゅんP先生はそれをどのように受け止められて、どうやって乗り越えられたのでしょうか。
同業ということもあって、「僕もお笑いが好きでやっていて、こういう経緯でやっているんです。」という長文のDMを返しました。ただ、僕の性格的に2~3日ぐらい引きずったら、そういうことを言ってくる人の元カノの元彼が自分の顔に似てたんだろうとか、そういうふうに思って、じゃあ自分に全ての原因があるわけでもないんだろうな、仕方ないな、みたいな感じでやり過ごせます。
ネットでの発信が患者さんの手術への不安の軽減につながることも!
しゅんP先生のポジティブな考え方やお笑いの活動は健康にも好影響だと思いますが、しゅんP先生の患者さんはどのように感じられているんでしょうか。
僕のYouTube配信を見てちょっと仕事に行く気になりましたとか、何となくだるさがあったけど少し元気になりました、というのはたまに仰っていただけます。
しゅんP先生の医療ネタを見て、病院に行かなきゃと思って実際に診察に行ったとか、そんな話もありますか。
「手術を受ける気になりました。」というDMは割といただきます。具体的には、「手術が怖かったけど、ダンスを見て、お医者さんにもこういう人がいるんだったらそんなに重く受け止めなくて手術ができそうです。」という連絡をいただいたことがあります。吉本で「職域接種でしゅんPが問診してくれるんだったら、コロナのワクチン受けてみようかな。」と言ってくださった社員さんもいました。「薬の大切さが分かりました。」とか、「ちゃんと通院や服薬を続けようと思います。」というコメントやDMをいただけるので、それはうれしいですね。
パラレルキャリアってすばらしいですね。
お医者さんだけやってたら、そういうことを言われることはなかったかもなと思ったら、医者と芸人の両方をやっている意味はあるのかなと自分自身に価値は見いだせますね。
私生活と仕事の両立について
しゅんP先生はお子さんも生まれて今、ますますお忙しいでしょう?
そうですね。編集とかネタづくりとのバランスは結構大変です。
子どもを寝かしつけてるうちに、自分も一緒に寝ちゃいますもんね。
めちゃくちゃ寝ちゃいます。育児も仕事もどっちもやろうかなと思っていても、思っているだけでは難しくなってしまうので、うまく両立していかないとな、と思います。
しゅんP先生の、小児科のことはいろいろ知っているけれども実際にはなかなかできないという動画を拝見して、お医者さんもそんなことを考えてるんだなと思いました。
お医者さんは結構そうかもしれないです。結局、勉強の知識があってもなかなか役に立たないというのと、あと奥さんに自分の医者としての知識を信じてもらえないという“医者あるある”があるので…。何かあんまり自分が医者だと奥さんに思われてないな……みたいな(笑)。
“医者”として自分がどう見られるか
しゅんP先生は、“医者ハラスメントあるある”も発信されていますね。しゅんP先生ご自身が看護師さんやクラークさん、医療事務さんなどと関わる上で特に気を遣われていることはありますか。
僕は院長や経営者の立場になったことはないので、そうなるとまた分からないですが、基本は普通の友達っぽいような感じで接しようとはしています。相手の方がどう思っているのかは分かりませんが、なるべく自分が偉い感じにはならないように接しています。これも表現は難しいですが、対等な友達っぽい感じで接するのがいいかな、と僕は思っています。
言葉を選ばずに言うと、友達のような関係性というのは場合によっては“なめられたり”するかもしれないと思いますが、その辺はどうやってうまく関係性を作られていますか。
僕、なめられてもいいかなと思っています。確かに、ほかの医者の方が実際に軽んじられているようなことを言われたり、そういう表現をされていることを見たことはありますし、患者さんにもよく「医者の威厳が無くなってしまいますよ。」みたいなことを言う方もいるので、そういう方たちのいわんとすることは分かるんです。でも、医者だからといってなめられちゃ駄目なのかな、なめられてもよくない?と僕は思っちゃいます。ただ、そこは自分が医者という立場で、処方権とかの決定権が自分にあるという関係性なので、こういう発言は言いやすいのかもしれないですが。芸人でもお客さんになめられちゃ駄目だという派もいるし、そうじゃない派もいるんですが、僕は、なめられていいかなと思っている方なんです。
芸人としてのブレイクのきっかけ
私は、しゅんP先生を初めて拝見したのが「さんまのお笑い向上委員会」ですが、この番組に出られるまでにご苦労はあったのですか。
オーディションがありました。多分100人ぐらいが受けていて、僕は1回落ちて、その半年後ぐらいにたまたま欠員が出たんです。もとのオーディションの時に何となく僕を気に入ってくれたプロデューサーさんがいて、欠員の補充のために呼んでくれたという感じです。いろいろ運が重なった結果です。
芸人のお仕事って、きっとそういう「運」に左右されるところはありますよね。
「ヘイヘイドクター」も実は最初のオーディションの時にはまだできていなかったんです。オーディションの後の半年の間に原型のようなものができていたんですが、そこでいきなり「さんまのお笑い向上委員会」の打合せが入りました。僕は打合せのつもりで行ったら番組のプロデューサー陣が何人かいて、「1週間後ぐらいの収録に来てください。」と伝えられ、今何ができますかと聞かれ、最近はこういうネタをやり始めていますということで答えたら、そのネタを本番でやりましょうとなったんです。最初のオーディションで受かっていたらそれもできていないので、いろいろラッキーでしたね。
今後のキャリアについて
今後、しゅんP先生は、そのパラレルキャリアについてどのようにされていきたいか、目標や展望があればぜひ教えてください。
メインはお笑いで売れたいというのがあります。なので、もっともっとテレビで活躍したいですし、営業や講演会にもっと行きたいというのはあります。その中でもネタをやるのが好きですね。M-1グランプリに憧れて芸人の世界に入っているので、賞レースで結果を残したいというのも自分にとって大きな目標です。ピンのR-1グランプリで決勝に行きたいというのが1つの目標ですし、M-1グランプリも今ユニットで出たりしています。
一方で、医者として困っている人を救いたいという気持ちがあるので、週2ぐらいで医者もできたら一番いいと考えています。
医者と芸人のパラレルキャリアというのは続けていきたいですね。講演会の仕事は医者であり芸人であるというところに着目していただいている仕事なので、分かりやすく病気の話や、お笑いって健康にとっても大事だよ、みたいな話をして、医者にもこういう人がいるよということを分かってもらいたいです。講演会でいろいろな地方に行けたら自分にとっても楽しいし、充実感もあるし、やりがいもあります。そういうことをバランスよくできたらうれしいなと思っています。
大阪での講演会などにはぜひ行かせていただきます!
弁護士に対する印象
敷居が高いと言われがちな弁護士ですが、こんな人が出てくれば弁護士もより相談しやすいなとしゅんP先生が思われることがあれば教えていただけますか。
自分のネタと同じように歌って踊るような弁護士さん……と言ってはあれですが、僕はロジカルなネタも好きですが、ちょっとばかみたいだなということをする人の方が笑っちゃったりするので、そういうばかみたいなことをする弁護士さんがいたら大分身近に感じますね。子ども向けの“教育弁護士歌”を歌うというか、歌のお兄さんみたいな弁護士の方がいたら、僕の子どもが今3歳ということもあって、いいなと思いますね。
弁護士と医者というパラレルキャリアの構成で、しゅんP先生が考えておられることは、大変興味深いことでした。お話が聞けてよかったなと心から思います。今日はお時間を作っていただき、本当にありがとうございました。
ありがとうございます。
2025年(令和7年)8月22日(金)インタビュアー:飯島 奈絵
豊島 健司
松田 七海