大阪弁護士会の活動

人権擁護委員会

1 生活保護の被保護者に対し、育児、介護・療養等を必要とする世帯員の存否、状態などの当該世帯の状況や、それに適した被保護者の就業形態に留意することなく増収指導及び転職指導を行ったことが、職業選択の自由(憲法22条1項)を侵害するとして、上記事情に留意した適切な助言・指導を行うよう警告した事例。
2 生活保護の被保護者に対し、妊娠・出産が就労や自立の阻害要因であることを示唆する指導を行ったことが、自己決定権・リプロダクティブ権(憲法13条)を侵害するとして、そのような指導を行わないよう警告した事例。

2021年(令和3年)10月19日

【執行の概要】

1 事例1について
生活保護の被保護者であった申立人Aは、飲料品配達等や新聞配達に従事し、月額約8万円の収入を得ていた。なお、飲料品配達等の業務は、最低賃金規制のない就業形態であった。他方、申立人Aは、6歳から18歳の申立人Bまでの5人の子を育て、うつ病にり患して精神障害者3級の認定を受けた夫の看病をしており、これ以上稼働能力を活用するには限界があった。
上記のような状況において、申立人Aの担当ケースワーカーは、単純に収入を時間単価に換算したうえで最低賃金を下回っているとし、そのことのみを理由に稼働能力を十分に活用していないと評価して、度重なる増収指導や転職指導を行った。また、申立人Aのみを世帯分離して保護を停止するとともに、保護廃止の可能性もあることを示唆するに至った。そのため、申立人Aは、飲料品配達等の業務の退職を余儀なくされた。
生活保護の被保護者が稼働能力を一定程度活用していると認められる場合は、転職を強制するような方法は指導として避けるべきとされている。これは、憲法22条1項が、何人も公共の福祉に反しない限り、居住移転及び職業選択の自由を有すると規定していることに由来する(「生活保護手帳別冊問答集」も職業選択の自由との関係を指摘している。)。
上記趣旨に鑑みれば、生活保護の被保護者に対する増収指導、転職指導にあたっては、育児、介護・療養等を必要とする世帯員の存否やその程度等を踏まえた慎重な判断を行い、被保護者の就業の形態が、最低賃金規制等の存する雇用関係ではない働き方(自営業者や個人事業主・フリーランス等)があることにも留意し、被保護者が選択した就業の在り方を踏まえた適切な助言・指導を行うべきである。
本件において、担当ケースワーカーが、申立人Aの家庭における夫の療養や子の養育等の事情、またこれに適した就労形態を考慮することなく、稼働能力の活用が不十分であると評価したことは不当な判断であり、この判断を前提とした、保護の停止処分をもってする転職の強要は、申立人Aの職業選択の自由を侵害する指導であったと認められる。
したがって、当会は、大阪市鶴見区保健福祉センター所長に対し、生活保護の被保護者に対する増収指導、転職指導にあたっては、育児、介護・療養等を必要とする世帯員の存否、状態など当該世帯の状況や、それに適した被保護者の就業形態にも留意し、適切な助言・指導を行うよう警告した。

2 事例2について
生活保護の被保護者である申立人Bは、就職後約1ヶ月で妊娠が判明し、悪阻により通勤が困難となったため退職したところ、担当ケースワーカーから、妊娠または妊娠による退職は自立を阻害する要因であることを示唆する指導を受けた。
1994年に国際人口開発会議が提唱した「Reproductive Health and Rights」は、「性と生殖に関する健康と権利」(以下「リプロダクティブ権」という。)と訳され、女性自らが妊孕性を調節できること、すべての女性において安全な妊娠と出産が享受できること等を内容とするものと考えられており、日本においても、「子を産み育てるかどうかを意思決定する権利」として「幸福追求権を保障する憲法13条の法意に照らし、人格権の一内容を構成する権利」として捉えられている(仙台地裁令和元年5月28日判決)。
また、子を産み育てるかどうかの意思決定の前提として、妊娠する(しない)自由が保障されていなければならないから、「リプロダクティブ権」には、子を産み育てる自由と、その前提となる妊娠する(しない)自由が保障されているものといえる。
この「リプロダクティブ権」は、生殖に関する意思決定という、自己実現に不可欠な非常に重要な自己決定権であるから、相当高度な合理性が認められる場合でない限り制限することは許されないというべきである。
本件において、申立人Bにかかる事情は生活保護を利用していることのみであるが、妊娠すること、ひいては子を産み育てるかどうかということは、生活保護制度を利用することとは何ら関係のない事柄である。そして、およそ生活保護を利用している者に対し、自由に子を産み育てることを制限するのであれば、それは、経済的に困窮して社会保障制度を利用している者に対する根拠のない差別であって、何らの合理性も認められない。
したがって、当会は、大阪市鶴見区保健福祉センター所長に対し、妊娠・出産が就労や自立の阻害要因であることを示唆するような指導を行わないよう警告した。

1 生活保護の被保護者に対し、育児、介護・療養等を必要とする世帯員の存否、状態などの当該世帯の状況や、それに適した被保護者の就業形態に留意することなく増収指導及び転職指導を行ったことが、職業選択の自由(憲法22条1項)を侵害するとして、上記事情に留意した適切な助言・指導を行うよう警告した事例。
2 生活保護の被保護者に対し、妊娠・出産が就労や自立の阻害要因であることを示唆する指導を行ったことが、自己決定権・リプロダクティブ権(憲法13条)を侵害するとして、そのような指導を行わないよう警告した事例。

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