大阪弁護士会の活動
人権擁護委員会
文部科学省が初等中等教育局長名義で発出した令和4年4月27日付「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」(4文科初第375号)のうち、特別支援学級に在籍している児童生徒について、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において授業を行うことを求めている部分を撤回するよう勧告した事例
2024年(令和6年)3月22日
【執行の概要】
1 国が批准した「障害者の権利に関する条約」(以下「権利条約」という。)は、差別の禁止と合理的配慮の義務について定め、障害のある人の教育についての権利として、あらゆる段階において障害のある人を包容する教育制度(inclusive education system)(以下「インクルーシブ教育」という。)を保障することを締約国に義務付けている。
インクルーシブ教育を受ける権利は、障害のある児童生徒が障害のない児童生徒と単に同じ場所で学べばよいというものではなく、教育の場面においては、障害のある児童生徒が通常の学級で地域の子どもたちと同じ場で学ぶために必要な合理的配慮と個別支援が保障されなければならない。
国は、権利条約に批准するにあたり、障害者基本法を改正し、同法4条において、差別の禁止と合理的配慮の義務について定め、同法16条において、インクルーシブ教育を受ける権利について定めている。
これらの規定は、憲法14条1項が定める差別の禁止や、憲法26条1項が定める教育を受ける権利の内容を具体化するものである。
2 申立人らは、枚方市ないし東大阪市に居住する、小学生の児童及びその保護者らである(以下、申立人のうち児童らを「申立人児童ら」という。)。申立人児童らが通学している大阪府域の自治体の学校では、障害のある児童生徒に対する教育の取組みが、国連において権利条約が採択される前から先進的に行われてきていた。それらの取組みにおいては、特別支援学級の担任による支援を受けながら通常学級で授業を受けられること(「付き添い指導」「入り込み支援」と呼ばれている)により、権利条約が求める合理的配慮と個別支援が保障されており、それらの取組みは、権利条約が掲げるインクルーシブ教育の理念に沿うものである。
3 2022年4月27日、文部科学省(以下「文科省」という。)初等中等教育局長は、「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」と題する通知(4文科初第375号)(以下「本件通知」という。)を発出した。本件通知では、冒頭、「特別支援教育は、共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念を構築することを旨として行われることが重要です。」と述べられているが、本件通知には、特別支援学級に在籍している児童生徒について、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において授業を行うこととする内容(以下、本件通知の同内容を「本件時数制限」という。)が含まれている。
本件通知で述べられている「通級による指導」(以下「通級指導」という。)は、障害のある児童生徒が通常の学級に在籍しながら障害に応じた特別な指導(自立活動)を受けるものであるが、自立活動においては、各教科等の授業を行うことは想定されていない。また、通級指導の対象障害種には、知的障害は含まれていない。
本件通知に基づく本件時数制限は、それが厳格に適用されることになれば、申立人児童らは、これまでのように、特別支援学級の特別支援担任による支援を受けながら大半の時間を通常学級で過ごすことができなくなるものである。それらは、権利条約及び障害者基本法が定めるインクルーシブ教育を受ける権利(権利条約24条2項、障害者基本法16条1項、憲法26条1項)を侵害し、不当な差別(権利条約5条、障害者基本法4条、憲法14条1項)に該当することになる。
4 文科省は、通常学級に障害のある児童生徒が在籍する場合、担任等による合理的配慮を含む必要な支援や、特別支援教育支援員の配置によるサポートといった対応が考えられ、通級による指導も受けることができるとしている。
しかし、特別支援教育支援員は、教員ではなく、特別支援学級の担任教員が「付き添い指導」や「入り込み支援」によって行ってきた合理的配慮としての支援の役割を全て代替することはできない。また、通級による指導は、各教科等の授業を行うものではなく、知的障害は対象障害種に含まれていない。したがって、申立人児童らが特別支援担任によって受けてきた合理的配慮や個別支援に代替するものとはなり得ない。
5 以上のとおり、少なくとも現状においては、本件通知による本件時数制限は、それが厳格に適用されれば、申立人児童らのインクルーシブ教育を受ける権利を侵害し、不当な差別に該当するおそれがあるものと認められる。
国連委員会も、本件時数制限について懸念を示し、その撤回を強く要請している。
よって、当会は、文科省に対し、本件通知のうち、本件時数制限を撤回するよう勧告した。